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項目 内容
ID J0900564
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1707/10/28
和暦 宝永四年十月四日
綱文 宝永四年十月四日(一七〇七・一〇・二八)〔東海以西至九州〕
書名 〔安芸郡史考〕○高知県
本文
[未校訂] 大浦新田 加領郷の東から羽根崎にかけて大浦があっ
た。土佐国郷村調査書に石高八〇石と記されているが、宝
永四年(一七〇七)の大地震に陥没して、人家は加領郷の
東へ移転したと伝えられる。現に加領郷の谷から東を「お
うら」と云うのは大浦の転じたものだろう。
 宝永の地震 それから百二年後の宝永四年(一七〇七)
の大地震は日本記録あって以来最大のもので上下左右にゆ
れ、翌朝まで十回余りの大津波がよせている。
 安芸郡の被害は甚大で、甲浦は潮が山際まで入り、白
浜・生見は波が入って、家が少々流れた。それから浮津・
元までは田地の三分の一、吉良川・羽根から川北までは平
野の全部に潮がおしよせ安芸平野は半分程赤野は全部潮が
入り、和食は平野へ少し入ったばかりであった。元・奈良
師・浜津・耳崎の家が三十軒程流失した。
出典 新収日本地震史料 第3巻 別巻
ページ 492
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 高知
市区町村 安芸【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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