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項目 内容
ID S00001837
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1855/11/11
和暦 安政二年十月二日
綱文 一八五五年安政江戸地震(安政二年十月二日)
書名 〔丸勘解由日記〕『富津市史 通史』
本文
[未校訂]当村なども家六、七軒程も潰れ、その外家毎に或は横になり、壁落ち、柱折れ、ひさしなど打たおれ、戸障子の類は残らず打かえし、少しの間百年の寿命をちぢめ、唯一人驚かざるものなし。道々、山々、川岸など或は崩れ、又は大割れになり候。その夜は家の内にいる者一人もなく、皆々庭へ出て戸など置、その上にて夜を明かし候。


註:本史料「丸勘解由日記」は、上総国天羽郡小久保村(現千葉県富津市)の名主が書いた日記である。
出典 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト【史資料データベース】
ページ
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 千葉
市区町村 富津【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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