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項目 内容
ID S00001836
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1855/11/11
和暦 安政二年十月二日
綱文 一八五五年安政江戸地震(安政二年十月二日)
書名 〔台方村前嶋治助日記〕『千葉県の歴史 資料編 近世1(房総全域)』
本文
[未校訂](安政ニ年十月)
一、同二日(中略)夜四ツ半頃ニ(頭注)大地しん)大地しんゆり申候而、同刻ゟ夜明迄度々ゆり申候、入内之ものゟ庄太郎・秋松・松七・竹次郎・吉兵衛・保次郎・勘四郎方ゟ見舞受候ニ付、下拙儀も入内中見舞ニ歩行申候処、次左衛門殿方・善助方・峯吉方とも大普請出来仕候、凡夜明迄ニ八拾度程もゆり申候、少々ツヽ普請之儀者数々ニ御座候
(中略)
一、同四日(中略)江戸表地しん(頭注)江戸地しん)ニ而、所々出火有之候、今日ニ相成追々風聞有之、誠ニ大造成様子ニ御座候 
一、同五日(中略)小安峯吉殿(頭注)峯吉出府)出府致候趣風聞ニ承申候
(中略)
一、同七日(中略)二日夜ゟ今(頭注)地しん)日迄地しん休なし、日ニ三四度、五六度ツヽゆり申候、其内大キのも御座候
一、同八日(中略)竹次郎殿先日(頭注)竹次郎帰宅)出府、今日帰宅仕候処、江戸之儀者親類共弐軒共無事ニ御座候
一、同九日、天気、去ル廿四日峯吉方(頭注)御屋敷様御用向ニ而出府)ニ而 拝見仕候 御地頭所様御下書之御用向ニ而、今朝六ツ時頃ニ出立仕候、(中略)地震之儀(頭註)地しん)者行徳辺ゟ家潰れ初、中川御番所夫ゟ本所・深川大潰れニ而、誠に驚入申候、前代未聞之大地震ニ御座候、小あみ町さかみやニ而漸々其侭、是者不潰休申候(後略)

註:日記の記主前嶋治助は、上総国山辺郡台方村(現千葉県東金市)の名主で、日記は嘉永二年(一八四九)から慶応三年(一八六七)までの五二冊が伝わっている。十月九日の条によると、千葉市域や船橋宿辺りは、行徳から江戸周辺よりも被害は小さかったものと考えられる。
出典 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト【史資料データベース】
ページ
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 千葉
市区町村 東金【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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