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項目 内容
ID S00000999
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1853/03/11
和暦 嘉永六年二月二日
綱文 嘉永六年二月二日(一八五三・三・一一)
書名 〔両毛家所蔵文書〕○小田原市
本文
[未校訂]尚々急キ事御順達可被下候 以上
皆潰半潰之趣何卒□御調可被成候 以上
(ママ)金御安康ニ被成御座奉賀候、然は先日西久井会合御苦労奉存、猶又今日地震ニ付中里村江会合御座候得共、其御村々之義は少荒ニ付、御村々御役人中御心配ニ而相添可申候哉、若又御上様江御願可被成思召御座候哉否、明廿六日迄乍憚拙宅御沙汰可被下候 以上
丑二月廿五日
金手村
、名主、郡治、
成田村
飯泉村

御名主中様
出典 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト【史資料データベース】
ページ
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 神奈川
市区町村 小田原【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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