[未校訂](遠藤家万日記)○金川
十一月五日昼七ッ時過地震、至而強く棚之もの間ニはゆ
り出し、八十歳位之老人不存、皆外ニ出候、乍然野鳥・石
原・上秋月辺至而軽く由、其夜五ッ時・五ッ半時ニかけ両
度、昼地震より軽く、其夜九ッ時・九ッ半中ニ三度四・五、
翌六日朝六ッ時倒位、七日四ッ時之初五日ニ少し軽、其後
も折々例(倒)位ゆり、此節九州筋は、東海道筋五十三宿之内
弐十宿余地震ゆり崩し候様国ハ無之承
【筑前】
⦿十一月五日より七日迄之間地震ニ而、宿駅転家軒数左之
通御座候事
一、居家四軒ハ 遠賀郡芦屋町
一、同拾三軒ハ 鞍手郡木屋瀬宿
一、同壱軒ハ 半転 右同宿
一、同壱軒ハ 同 右同宿
一、怪我人殞牛馬無御座候
〆
十一月 郡奉行
(黒田家文書変災之巻)
【筑前】
⦿十一月五日 今日青天、七ットキ大地震、人々誠恐怖
ス上方筋大ユリ、夜又々地震度々アリ、六日、時々地震、
八日、時々地震(奇談日記)
【筑後】
⦿十一月五日七ッ時比より地震、昼より夜ル迄五度いた
し候間、人の色を失ひ申候(石本・諸国見聞巻一一)
⦿十一月五日ノ七ッ時、天地も崩ル様成大地震、其後拾
日斗り之間は相応之地震いたし、同月十五日頃より年内
中弐・三日間相応之地震毎々いたし候者也(内藤家記線
帳弐番)
⦿寅十一月五日之夕七ッ半頃大地震、同七日朝大地震、
其外昼夜少々ツヽ、日々三・五篇ツヽ震申候、同九日夜
七ッ前少震申候、御当地之事也、諸国ニ比候得者至而軽き
方ニ而有之候、倒家等無之、併道ハ少間歩行出来不申候(有
馬文書、加藤田日記抜粋)
【豊前】
⦿五日地震長シ(村上仏山堂日記)