地震史料集テキストデータベース

[未校訂]小田原大地震への救援
嘉永六年（一八五三）二月二日、小田原
地方は江戸時代で五回目の大地震に見舞
われた。マグニチュード六・五というから、五回の中で
は最も小規模であったが、震央が小田原の西北方であっ
たから被害は大きく、三三〇〇軒の家が倒壊し、いわゆ
る小田原大地震とよばれた。関東取締出役からの連絡に
よって見ると（三No.160）、「小田原宿ともよりの村むらが
大地震で、城内はじめ宿も村も[母屋|おもや]・土蔵そのほかこと
ごとく[潰|つぶ]れ、即死・けが人数多く、まだ[震|ゆ]れている」と
あって、被害の様子が知られる。最近新史料とされる地
震報告が発表された（中野敬次郎「嘉永大地震の新資料
について」小田原史談会々報126号所収）。それによって被
害の様子を紹介すると、小田原城天守閣の大破をはじめ、
門ややぐらの多くが大破や倒壊・半壊で、[曲輪|くるわ]　（城内
の広場）の塀のほとんどが大破している。武家屋敷のう
ち全壊が二八、半壊二五、大破七六、中破三一、小破六
五と大半の屋敷が被害をうけている。城下の町人地でも
全壊二〇、半壊一〇三、破損四三〇、土蔵は全壊二八、
半壊二七六、破損八四で、町人の家の半数が何らかの被
害をうけている。さらに領内を見ると、村むらの被害は、
全壊八二四、半壊一四〇五、破損二二六〇の計四五〇〇
軒近くが被害をうけているが、その地域は不明である。
死者は村むらで二三人、けが人一〇人で、夜の地震とし
ては死者の数が意外と少ない。その他河川の土手崩れや
山崩れも多く、橋や河川の防水工事の破損、道路の崩落
まであげると、被害ははなはだしいものであった。
　この地震は震源地からさほど遠くない当地方にも被害
を及ぼしている。大竹村では、「本家・物置・小屋が潰れ
たのもあり、居宅の建具や障子がゆりつぶれ、二日夜か
ら同六日夜まで時どきゆれ、………裏庭あるいは畑中で
凌いでいるが、けが人はない」（三No.159）とあり、倒潰家
屋が出たことが報じられている。他村も同様であったと
思われる。
　こうした大地震の際に、どのような救援がなされるの
であろうか。すでに小田原藩では数度の大地震、大火に
襲われ、そのつど被災民にも若干の手当てがなされてい
る（特に文化十四年―一八一七―の大火の救済について
は拙著『小田原藩』参照）。この嘉永大地震についても、
藩主手元金から金五〇〇両が、駿河・伊豆・相模三国の
被害村へ出されており、堀斎藤村の藩領分でも、金一両
一分と銭七三四文が下付され、同村はこのうち金一分を
他日の積立金として引き、残りを五七軒に一軒当たり銭
一二八文ずつ配分した（堀西・平賀家文書）。この一村分
の額は当時の江戸の小売米相場では七斗一升分に当る。
一軒分では一升三合弱というわずかな額である。この見
舞金を「御仁恵」（おなさけ、おめぐみ）と称するが、こ
のようなか細いがしっかりとした結びつきが、この時代
の藩主と領民との精神的・物質的な[絆|きずな]　（断つにも断てな
い人間と間の結びつき）というものであった。一方被害
地への救援という点では、幕府が地震の直後に関東取締
出役の名で呼びかけている。前記小田原地方の被害を記
した出役の連絡というのは、この呼びかけの中の一節で
ある。この呼びかけは最初に被害の実態を述べた後に、
　食料にも差しつかえているから、その組合でも小田
原宿に近い村で、身もと相応の者は米穀を提供するか、
でなければ安値で払い出せ。食料を商売とする者はど
んな品に限らず、すばやく持参し、安値で売って助け
よ。奇特（行為が特に感心なこと）が多く、模範にな
るほどの救済をした者の名前は、廻村先へ報告せよ。
と、被災地への積極的な救援を命じている。当地方も実
際の被害をうけており、果してどのくらいの救援がなさ
れたかは史料の上からは分からない。出役側も治安の確
立をねらった呼びかけが中心と考えられるが、この時期
になると災害への救援という考え方が積極的に出されて
いることは注目されるできごとといえよう。