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項目 内容
ID J3000834
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔宮津市史史料編第三巻〕宮津市史編さん委員会編H11・3・30 宮津市役所発行
本文
[未校訂](年代記)○宮津宮津市教育委員会
寅六月十四日夜八ツ時之時分大地心、其後十日程の間、
少々ヅヽの地心度々是有候
大坂大地心・大つなみ、人[死|シニ]数不知、此時アメリカノ
舟つぶれ候、一せんはくだけ大そんじニ而、伊豆国つ
き申候、江戸表御[上様|コウギ]ゟ御ツクロイ被成候而、御帰へ
し被成候、此時宮津ゟモ職人三四人程、伊豆国へ参り
候、大工・船蔵鍛冶・舟大工
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 四ノ上
ページ 569
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 京都
市区町村 宮津【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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