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項目 内容
ID J3000548
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1828/12/18
和暦 文政十一年十一月十二日
綱文 文政十一年十一月十二日(一八二八・一二・一八)〔中越〕
書名 〔平松樂斎文書28 「諸国聞書」〕H17・3・31津市教育委員会発行
本文
[未校訂]8 越後三条地震一件書(文政十一年)
十一月十二日朝五ツ時比ゟ同十三日夜五ツ頃迄越後国大
地震 脇町御陣屋大いたみ七拾五軒 土蔵三ケ所元 即
死五人与板御城下壱軒も不残方死人五人三条東
本願かけ所方 役僧住居とも不残即死 町家皆方 即死
員数不相知 三分之二即死之よし 見付 今町 三条同
様也 此辺拾里四方宿々数不相知 長岡 出雲崎 柏崎
高田 上今町ハ軽候 小千谷 十日町ハ少く 新潟 新
発田之様子は不相知 其外宿々町々ハ軽きやうニ相聞候
三条家数七千軒程之内弐十軒無難 見付町家数八百軒之
内八軒無難
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 四ノ上
ページ 407
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 三重
市区町村 【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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