[未校訂]安政地震の記念碑
野市町上岡神社
この記念碑は野市町上岡同神社の境内にあり、高さ
一・七㍍、幅二一㌢、厚さ一二㌢の水成岩である。
碑には『嘉永七年十一月五日大地震此処よりしづみ
浦々の人家流失すること夥しく人いたみ上岡山の西の川
原まで浪来ることを記』の碑文がきざまれている。
これは嘉永七年十一月四日に関東地方を中心に大地震
があり、これに起因する津波が一日おくれて土佐湾沿岸
を襲い、被害が甚大であったことが推察される。
この地震から二十三日あとの十一月二十七日を以っ
て、安政と改元されていることからぞくに土佐において
は『安政の大地震』といったと考えられる。
また、この上岡神社の東南方約百㍍の所に『雑魚田』
という『ホノギ』の土地があり、当部落の古老は安政大
地震の時津波がおしよせ、この付近の田に『雑魚』がい
たので、この名が残っている。
この記念碑は明治十五年午八月、上岡の嶋内武金氏が
出資してこれを建てたもので、建立にあたっては氏子中
が総出で手伝ったといわれている。