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項目 内容
ID J2601949
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1947/04/14
和暦 昭和二十二年四月十四日
綱文 昭和二十二年四月十四日(一九四七)
書名 〔能生町史 下巻〕能生町史編さん委員会編S61・6・30 能生町役場
本文
[未校訂]地震
能生町には地すべりが多く発生する
が、地震についての災害の記録はまっ
たくない。地震があっても比較的規模が小さく被害が少
ないので記録されなかったものであろうか。
 能生町を震源とする地震の記録は明治以降に一回だけ
ある。能生谷地震という。しかし、この地震も一か月後
に発生した柵口の地すべりが、あまりに被害が大きく、
被害の少ない地震の方が忘れられたようである。
 昭和二十二年四月十四日二時三十一分ころ、能生谷を
震源とする上越地方一帯に、中震ないし強震程度のやや
大きい地震が発生した。震源地は名立町の東飛山と、能
生町の西飛山の中間ぐらいにある水見平山と推定され
た。崩・田麦平・須川・川詰が強震、筒石・能生・島道
が弱震、あとの能生谷の各地区は中震と記録されている。
被害は予想外に少なく、地割れがしたり、壁に亀裂がで
きたり、墓石が移動したり倒壊した程度で、家屋の倒壊
等の被害はなかったという。しかし、この地震が柵口地
すべり発生の直接原因と推測されている。
出典 日本の歴史地震史料 拾遺
ページ 457
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 新潟
市区町村 能生【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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