[未校訂]然るところ(十一月)四日四ツ前に大地震其節中山に滞居候ところ誠に
恐布事其日六七辺もゆり夜中も同断五日雪一尺五六寸先五日
はやみ候やと思しに又六ツ前後に大分の地震夜中も四五辺六
日も少々七日も少々八日九日止みしかど沙汰なし十日朝より
雪ふり花のごとく十六日雪二尺十八日、扨て地震 道筋大変
一々筆紙につくしがたく十六日は夜半よりダシオキゲという
風誠に古今稀有の大風家もつぶれ山木多分に折れ誠に々々不
定恐布世界し其後も地震たへす十二月三日四日は都合大雪
(中略)
藤(富士カ)川一水もなしになり恐布こと吉原丸焼けその外数々あり大
坂地震につき家を危きと申し面々に舟を買取り壱艘十両の又
十五両二十両と申し候舟多福のもの多くそれにより出す事、
則五日の暮方の地震なり然る処にはかに津波大山の如く千石
舟などとう々々しこみ来り舟と舟とのもたれ合い人々首の千
切れるものあり又手のなきものあり足のなきものあり却って
岡に居候もの無難紀州辺も大変のよし皆津波ゆへ 扨て後代
の人可心得地震別大地震には亦津波なとこゝろうべし(後
略)