地震史料集テキストデータベース
[未校訂]（安成二年十月）
（中略）
二日 御施し御夜食被下相退、四ツ時過小屋に非番にて写し
物に取掛り罷在候処、驟に天井に響き有之、ぎし〳〵と震
動して小屋傾くが如し、さア地震と立揚るに歩行不叶、足
許波濤を踏心地なり、依て這つて刀簞笥の上ゟ大小を採り
申せは、其内に燈火消へ暗屋に相成り、外の三徳類尋る術
なく、這なから立出口に出る迄に、戸障子も大形に倒れ、
其上を渡り〳〵玄関に出候て、草履を穿んとするにあたは
ず、漸片方をは何か木履ならんと思ふものは穿たり、其儘
歩行に最早道路には倒れたる屋根の瓦戸障子の倒れ、板ひ
さしの横わるなと夥敷徒跣にては六ケ敷家来八兵衛と申者仕也に負われ南御
奥の口迄行たり、人も無きか如く暗夜にて、一切不相分、
手探りにて御座敷に入り見れ共、上奉始御立除被成たりと
みへ人影もなし、依て御坐所に至り見れは、前の御縁頰の
雨戸明かけたれは、是ゟ出玉へると存、徒跣にて御庭伝へに
御馬場に至り見るに、人々群り 上々様方御坐被遊に付如
何と奉伺に、早々御肱を御押へ申上へしとて土上に畳扉敷た
る上に坐し給へるを奉伺候、夫ゟ小震動も有之中々不静、
御殿向御土蔵等も皆破損したれば、先其所に畳なと敷並へ
屛風等にて取囲、御駕籠を舁出し、此に召させられ候内、
近くに火事相見、北に当りたるは会津公の邸とも云ひ、酒
井家なとゝも申居る内、東に当り近々と火上るは日比谷御
門の番所とか申事にて、折節風合悪敷西風にて火は悉く東
にのみ向ふ、次第に焼盛んに相成り、本多侯・土井侯え焼
広かり、八代洲大名小路へ及ぶ、阿波土佐御逃れ、北の方
細川阿部閣老は無難とは乍申大破、天奏屋敷秋元侯は無難、
朽木侯邸ゟも一ケ処出火、是も焼広がり南部・伊藤・柳沢・
薩州装束屋敷・長州南東の方鍋島邸悉く焼失、町の方は梶（ママ）
橋一円焼、又は潰れ家にて東霊岸嶋辺に及び、北は浅草猿
若町吉原一面に焼失、潰れ家に候由、御馬場に御守り仕居
候内も東の方南に寄り候所と両所の御近火、今にも御屋敷
迄参んやと甚畏ケ敷（ママ）見物、北の方の火勢は段々東の方へ一
円に焼広がり、御屋敷中白昼の如くに相見申候て、胆魂も
潰る斗に候、乍去風合宜敷少しも火の粉参る様子も無之、
夫ゟ御輿を御表様御庭中御弓場の処へ奉据、追々御幕等に
て囲み草□等の上へ御畳を敷並へ御次の面々是に罷在る
内、段々夜明に相成り、見渡せば火の手も漸々静にて安心
の方、北ゟ東に蔓延したる火は未た盛んに相見へ申候、追
追御一類様方へも御見舞出る、翌三日朝駿河守様にても日
比谷目付へ御詰、御引取候節為御観桜田の御庭中之被為入
候て、御駕籠中にて御対顔、無間御帰り、愛宕下様は日蔭
町辺火事の為御立退に相成、麻布長坂の御下屋敷へ御立退、
鎮火に相成御帰館被遊候よし、牛込も御庭に被為出、御土
蔵崩れ御道具類も御不自由被遊候由、追々御使者にて御様
体□、飯田町辺も御郭迄も潰れ候へとも、御破損のみに
て潰れには不至との事に候
三日 天気宜敷、地震少々つゝ度々有之、御奥へ御帰りも御
不安心に候思召、御庭に被為入候方にて、御表御坐敷内御
座の間御住居にて、御膳等御向等候て被召上、我々も御賄
頂戴、即御次の詰所登椽の所に、御伝使始め我々迄相詰警
衛仕る、即火事具着用、夜中も同様に付、右御場所御寝所
に仕、我々も小夜具位の着取寄、火事羽折の上に着仮寝罷
在、震出し候へは直御庭へ被為出候、其位の事三の度も有
之、乍去暫時にして[休|ヤム]、火の元用心御門番の御触有之、夜
中大手内百人番所と申候処火事有之、御城内故大騒動に候
今日御馬場へ御救ひ小屋かゝる
四日 御同所にて同様相詰罷在、追々小屋へ帰り支度も仕り
候事有之、又御次にても頂戴の事有之、夜中は只火事具始
て解休む、昨日同様昼夜度々小震有之、小屋〳〵大破の処
取片附に懸る
五日 同所に罷在少つつ小震有之、火事具も其儘持参致し置、
御庭中に矢張御立除場御しつらいに相成候、御場所は其儘
御輿始め御仕懸に相成居り候得共、左候程の儀無之、夜中
に同様少々つゝ小夜具にて仮寝
六日 同断御表仮御住居小屋へ罷帰り支度斗仕候、朝岡・落
合・小黒・御目付中河内・御口番は御手明、小屋に尤大熊道右衛
門も同様小屋大破にて、御近習小屋御小姓頭無間於て次筆
の御頭小屋ゟ席順御供渡しに相成、引移りに相成候に付手
伝差越、馬場の御救小屋も足軽初め小屋大破の分へ御供渡
しに候得共、御留守居小屋も同断に付、家中夜中に御救小
屋に休候由、我々小屋は穴蔵分にて住居仕り候、辻番小屋
は大破にて厩等顚倒、手入致し右へ住居の方に相成る、夜
中昌寿院様御前様 御子様方御表御庭中御弓場の処御
修理にて、御寝所相掛り、御涼台と申者へ御畳敷、夫々御
寝御側女中我々共ニ代りに御坐敷の方え休み御寝ずに御小
屋へ相詰罷在候、尤大小火事装束共に持参罷在候
七日 御表には昼の内被為在、夜中御仮屋に被成候由、暮時
前七つ時過一震余程強く参り候、夜に入暮時過一震覚、二
日已来の震に候、今晩も御小屋に終夜警衛奉る、御屋敷中
小屋に入不居外に出居可申旨達しにて、小屋中御奥向前に出一宿罷在又端
女迄御表御庭の隅々に露宿罷在処、其後少々は震候得共為
差事無之
八日 右小屋〳〵御表御庭中に仮に立候人足も御無人にて、
逐々御足軽共御手伝申上相働らき罷在候心得度、非常の事
に付格別の義を以足軽共精々御手伝申上、総て不似合義迄
相働申に付、於御庭前□（ムシ）統え御酒被成下候に付難有頂戴仕
候、晩来出来皆々雨露を相凌き申候、今晩少々雨に相成別
て諸人難有小屋に住居相凌申候
九日 今晩御国許ゟ変事に付無御心許甘粕数右衛門為御登に
相成、明時前着仕、御役小屋へ出、早速御目通申上、四ツ
時後猶又出勤、御口上被申上、此節先々大震無之少々の震
は度々有之
十日 四ツ時過樋口伊織此度の大変に付御用登り仕候に付、
御屋敷着、扨昨夕ゟ段々地震も薄く相成候に付、御鈴懸通
しと申候も恐入候義に付、表之御台所ゟ御椽通小者前相□
外通り往来方々相成、樋口御年寄も矢張御近習詰の間へ旅
装の儘出る、今朝は地震猶又薄く相成少々と震申候方、桃
井武十郎荷物昨夜達し、今朝品物書状届申候 （後略）
十一日 御家老小屋に甘粕御傅役同居に付、朝之内に参る、
今日ゟ惣体詰切に不及候とて、朝番八ツ番と相立、昼前休
且昼後出勤可仕処、□奥様へ御内用有之罷出、夫ゟ直
に仙台中屋敷愛宕下の西尾五郎左衛門と申ものゝ養子麻布
鍛治八郎の次男参り居候処、不快に付見舞の為罷越し夜中
泊り、雨に相成候、御仮小屋ゟ夜半に御表御座の間へ御移
り被遊
十二日 晴、朝番にて罷出御言評事有之、御表御休息ニ而て
罷出ル、牛込へ猶又今日も罷出候、直に仙台御屋敷へ罷越
候処、庭へ相成り母君千代様罷越、勝手も不相知夜にも入
候間、八兵衛に挑灯為持同道為致、額田は留守居申候相断
り差出候、御国ゟ段々大工人足石切り・壁塗・小ば葺等大
勢為御登に相成、逐々参着多、御奥御座所向の御修復相係
り申候
廿一日 （前略）其内地震の止切りは不致候得共段々薄く有
之処十八日の夜中大雨風も有大嵐に付御小屋大漏りにて夜
八つ時頃内御座の間へ御移り雷鳴一響有之、海之鳴と申事
も有之、翌朝津浪と申事相聞、深川・築地へあふれたりと
之沙汰有之候ニ付、人も駆ケ大雨中ニ騒動したりとの咄有
之、相止候ニ、虚説ニ而全く悪党共物取りと云ひふらし候
事ニ有之由
廿二日ニハ御座敷向御修理出来、両御奥へ暮時前御帰座被遊、
為御祝於御茶之間御酒被成下
（後略）