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項目 内容
ID J0900313
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1707/10/28
和暦 宝永四年十月四日
綱文 宝永四年十月四日(一七〇七・一〇・二八)〔東海以西至九州〕
書名 〔宇治山田市史 下〕○三重県
本文
[未校訂]宝永四年十月四日未ノ刻大地震あり、被害は山田殊に甚し
く、倒壊三百余棟に及び破損数を知らず、十日ばかりは露
宿をした。但両宮は御無事であった。(小川地家諸事抜書
浦田家日記)旧記によるに此の大地震は東海道筋いずれも
甚しく、此の日風無く空晴れ夏の暑さと覚えし内に、俄然
東南より揺り出し、地裂け水湧き天地も一になるかと疑は
れ、人家は将棊倒しの如く、人皆広場に走り、三転四倒し
て気絶する者無数、大阪の如き死亡三万余人と云々。
 同五年正月廿二日にも地震あり、潮水が吹上一本木等の
路上に溢れた。(続郷談)
出典 新収日本地震史料 第3巻 別巻
ページ 285
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 三重
市区町村 宇治山田【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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