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項目 内容
ID J3300355
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1855/11/11
和暦 安政二年十月二日
綱文 安政二年十月二日(一八五五・一一・一一)〔江戸及近郊〕
書名 〔流山市史 近世資料編Ⅵ〕流山市立博物館編 H7・12・28流山市教育委員会発行
本文
[未校訂](御用留)駒木新田岡田清家文書
(注、既出の分省略)
一馬三疋
人足弐人駒木新田
合 馬百弐拾三疋人足百八人 但 高百石ニ付馬四疋
人足三人之積リ
右者当卯十月二日ゟ夜地震并出火ニ付御府内」諸家様御
屋敷御破損御類焼ニ而常陸国奥(陸脱カ)国筋ゟ」諸家様方昼夜
御通行ニ而御荷物多く相通候ニ付書」面人馬支配御役所
江奉願上候追而御用次第」日限申触候間其節者人馬数詰
刻限とも無間違御申」付可被(遣カ)遂候□(判読不能)前文之通リ
小金町
問屋邦松
右村々
御名主中
前書之通無遅滞人馬可差出もの也
竹垣三右衛門
役所
卯十月八日
覚
一馬三疋 駒木新田
人足弐人
此雇銭弐貫百文
右者先般小金町相触置候地震」ニ付臨時人馬雇替賃銀前
書之通ニ」御座候明廿四日私共小金町ヘ出張いたし」居
候間早々御持参可被下候尤持廻リ」状ニ而此段御達申上
候以上
助郷村々惣代
三輪之(野)山村
金左衛門
長ケ崎村
政右衛門
右村々
役人中外惣代共
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 5ノ下
ページ 1455
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 千葉
市区町村 流山【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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