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項目 内容
ID J3000241
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1707/10/28
和暦 宝永四年十月四日
綱文 宝永四年十月四日(一七〇七・一〇・二八)〔東海以西至九州〕
書名 〔愛媛県史資料編近世上〕愛媛県史編さん委員会編S59・12・31 愛媛県発行
本文
[未校訂](注、道後温泉の歴史、一応ここに掲げる)
(参考)一二六 大地震道後温泉湧出停止〔愛媛面影〕
慶長十九年十月廿五日大地震湯没して出ず、其後湯神社
前に神楽を奏し、祈て湯湧出る事旧の如し、貞享二年十
二月十日大地震、泥湯湧出後清湯と成、宝永四年十月四
日讃州大地震、温泉没して不出、仍て湯神社に於て神楽
を奏し、社造補あり、朱鳥居建立、道後町中より千本の
神木を御山の麓に植、玉石に仮殿を営み奉弊祈念息事な
し、翌年正月廿九日、凡百四十五日を経て湧出、四月朔
日より旧の如く浴する事を得たり、是より霊泉いよいよ
新に、妙験古に陪(倍)したり、又安政元年十一月五日申中刻
過大地震、温泉没して不出、例に依て湯神社に神楽を奏
して祈念す、翌年正月末より湧始て二月末よりぬる湯と
なり、三月末に至て再旧の如し、
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 四ノ上
ページ 184
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 愛媛
市区町村 松山【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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