[未校訂]飛驒白川ニ
テ内島氏理
壓死ス
白川郷は、寬正年中此以前事實不詳、信州より内ケ島將監爲氏來て押領し、初牧戸城(大野郡)を築きて住、
其後保木脇(大野郡)の歸雲山に城を築て移住、雅氏其の子氏理まで在城せり、天正十三年乙酉十
二〔一〕月二十九日、地震、山崩、一族壓死まで内島三代、百二十餘年にて亡、
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項目 | 内容 |
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ID | J2900075 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1586/01/18 |
和暦 | 天正十三年十一月二十九日 |
綱文 | 天正十三年十一月二十九日(一五八六・一・一八)〔畿内・東海・東山・北陸の諸道・諸国〕 |
書名 | 〔斐太後風土記〕九 大野郡白川郷○大日本地誌大系二十三所收(「史料」五六九頁) |
本文 |
[未校訂]飛驒白川ニ
テ内島氏理 壓死ス 白川郷は、寬正年中此以前事實不詳、信州より内ケ島將監爲氏來て押領し、初牧戸城(大野郡)を築きて住、 其後保木脇(大野郡)の歸雲山に城を築て移住、雅氏其の子氏理まで在城せり、天正十三年乙酉十 二〔一〕月二十九日、地震、山崩、一族壓死まで内島三代、百二十餘年にて亡、 |
出典 | 日本の歴史地震史料 拾遺 三 |
ページ | 69 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
都道府県 | 岐阜 |
市区町村 | 白川【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる |
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