地震史料集テキストデータベース
[未校訂]159 大地震記録 安政二年神無月
（表紙）安政二乙卯年
神無月仲二日
関大鯰類（注1）焼附
東
江戸町数五千七百二十三丁
右之土蔵〆拾壱万四千四百六十九也
御大名様方 壱万四千五百八十六なり
御旗本様方 弐十八万五千八百八十六なり
寺院堂社 五千八百拾五也
土藏数惣〆
凡一億四十二万七百三十余也
陰陽相たたこふて天地を震動せしむるの不事天災、大都
會に充満なす人〻の安危存亡を遠國の親類一家ノものへ
知らしむるの一助たらんかと、巨細に是をかきしるすに、
ころハ安政二卯十月二日夜四ツ半時、俄に大地しんゆり
いだし、北の方ハ千住じゆくより大にくずれ立、小塚原
ハ不残くずれ、中程ゟ出火して不残焼る、新吉原ハ江戸
町一丁目ゟ出火地しんの上又〻角町ゟ出火して大門口迄
焼る、五拾間の西側ばかり少〻残る也、夫より田町大お
ん寺前山のしゆく聖でん町此辺惣くずれ、花川戸より芝
居町三丁とも不残焼るなり、南馬道北馬道大半焼る也、
浅草観音御堂つつがなく地内残らずくずれ並木通り惣く
ずれ、貝和町より出火して駒形辺迄不残やける、田原町
辺不残くずれ御蔵前通リハ大半くずれ、夫より廣徳寺通
りハ菊屋ばし辺ゟ安部川町通リ馬かた横町此辺不残焼る
也、下谷辺ハ三味線ぼり佐竹様少〻くずれ、七軒町より
出火して上野町長者町伊賀様小笠原様類焼、上野廣小路
伊藤松坂屋より井の口側不残やける、夫より仲町裏通く
ずれ表通りあらまし残る、茅屋町ハ二丁めより一丁目迄
焼る、無縁坂上ハ備後様焼千駄木團子ざか此辺湯島切通
しまて焼る、加州様御一手にて消、同天神社少〻いたミ
門前両側土藏附ハ惣崩、同上組町はたけ新町家横根坂霊
雲寺門前此辺からうじ寄ゆれて大地さける、妻恋坂ハ稲
荷の社本社土蔵くずれ町内一軒も不崩、同坂下酒井溝口
から建部様内藤様表長家川ぶれ神田昌平橋通リ惣崩、筋
違御見付つつがなく内神田ハ須田町より十間店まて町〻
大半痛、本町通リより両国まて大半崩、中にも馬喰町少
〻痛、本所ハ立川通リ相生町緑町林町吉田町惣くずれ、
石原より出火東橋向周防様御殿焼る、又大通リハ日本橋
裏宿中（カ）通リ惣崩、南傳馬町二丁目ゟ出火裏宿大工町かじ
町五郎兵衛町畳町此へん不残やける、又具足町柳町常盤
町鈴木町白魚屋敷京はし竹側辺まて焼る也、夫より新橋
通リ大半くずれ芝口ハ芝井町宇田町焼る、神明前品川し
ゆくまて大半潰、寅の門内大半くずれ、霞ケ関安藝様黒
田様少〻八代するじ（不詳）河岸ハ上村但馬守様相模様（カ）火消屋敷
等不残焼る、鍋島毛利様類焼、其外ハ大くずれ、和田原
内ハ下総様肥後様大くずれ、神田橋内ハ酒井様森川様此
辺大名のこらずくずれ、小川町より番町辺大くずれ、小
石川傳通院前ヨリ白山鶴声ケ久保此辺くずれ、山の手ハ
丸山駒込牛込四ツ谷赤坂糀まち青山麻布廣尾辺諸〻大く
ずれ、人家の損亡大かたならず、しかれども御城内両山
御役屋敷とふ（等）ハ一人たりとも怪我あやまちなきこと、ま
つたく仁君の御徳沢の餘慶にして、地しん出火追〻に静
謐する事目出たし
南日在村
中之臺住人
松㟢家亀兵衛
（日在所一哉家文書）
参考
安政二年（一八五五）十月二日夜、江戸に起こった大
地震で、震害の極端に著しかったのは、江戸市中とそ
の東隣に限られていた。市中の被害は深川・本所・下
谷・浅草が最もひどく、同じ下町でも日本橋・京橋・
新橋付近はそれほどでもなかった。山の手の被害は比
較的軽かったが、小石川の水戸藩邸では藤田東湖・戸
田蓬軒らが圧死した。
地震後に発生した火災では、約十四丁（一・五キロ）
四方に相当する面積が焼失した。江戸奉行支配下の死
者は三千八百九十五人、武家に関する分を合せて市内
の震死者の総数は約七千人ないし一万人、潰家は一万
四千三百四十六戸に及んだ。近郊では亀有に被害が大
きく、田畑の中に山や沼を生じた。津波は伴わなかっ
たが、東京湾の海水が動揺して、深川蛤町・木更津な
どの沿岸に高波が打ち寄せた。『理科年表』によれば、
この地震のマグニチュードは六・九であり、この地震
はいたく時人に衝撃を与え、『安政見聞誌』などをはじ
めとして、地震報道（ここに掲げた史料もそれらに據っ
て筆記されたものか）の一枚摺の類が何百種と刊行さ
れている（『国史大辞典1』吉川弘文館）。
その他参考文献としては、『安政地震と民衆』（三一
書房）、『房総災害史』（千葉郷土研編）などがあり、『佐
倉市史』には、領内百姓家潰破損二百八十五軒、『袖ヶ
浦町史』には坂戸市場村全戸倒れ、坂戸神社石灯籠も
倒れたなど江戸寄りの地方及び湾岸村に多く記録が残
されている。
なお、安政大地震による旗本領の村々には、御普請
御手伝上納金などの負担が課せられた筈であるが、当
町にはその記録もなく、この江戸の被害状況だけが記
されているのは、この地方には特記すべき影響がなか
ったものと推量される。
（注1）[大鯰|おおなまず]＝大地震のこと。