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項目 内容
ID J2700228
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔印南町史 史料編〕印南町史編集室S62・1・1 第一法規出版(株)
本文
[未校訂](玉置善右衛門信国あらまし日記)
同年六月十四日夜半過、不快大地震ニ候、同十五日未明
も同様、夫より暫ハ毎日数も不知、少々ツヽ、震り候事、
同月廿一日夜五ツ頃、又候厳敷、付而ハ所々空地へ小屋掛
仕、大体之筋ハ、右江出張居候事
右等之跡ニ而、何れ大津浪有之ものと風説いたし、浦々ニ而
ハ、大騒動いたし候得(共、欠カ)何事も無之、諸人々安堵いたし候、
随分津浪之上り候例も有之由ニ付、末世ニ而も可心得事ニ
候、右地震ニ付、伊賀上野御城、越前福井御城・江州膳
所御城抔者、大損シ、其外諸所堂塔町家等潰込候ケ所夥
敷、又者出火ニ相成候も有之、地面も割候事無疑事と可
心得候、御国内ハ誠ニ〳〵軽キ方と申事ニ候
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 別巻
ページ 463
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 和歌山
市区町村 印南【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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