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項目 内容
ID J2601012
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1833/12/07
和暦 天保四年十月二十六日
綱文 天保四年十月二十六日(一八三三・一二・七)〔両羽・越後〕
書名 〔遊佐町史〕長谷川肇氏提供
本文
[未校訂]十月二十六日、にわかに暑くなり 七つ時(午後四時こ
ろ、一説に八つ時ともいう)大地震。五~六日続く。
鶴岡城小破、酒田被害甚大。海岸通りは津波のため潰
家・流家・死人夥し。地震津波書上控。
遊佐 荒瀬 平田 庄内計
民家潰屋 七八 一〇七 九〇 四七五
〃 痛屋 五二九 二五九 一二一 一三五二
〃 半潰 ― 九二 ― 一七六
郷蔵・籾蔵痛 五―一 六
土蔵および稲蔵痛 三〇 四五 二八 二九一
死人 二 一 ― 四二
怪我人 ― ― 三 一二
鎮守堂潰 六四一 一二
大庄屋役宅 一 ― 一 四
寺・修験 五 一六 ― 二二
民家大浪上り 八 ― ― 一一〇
漁船痛・流失 一四 ― ― 四六〇
鰯網 六 ― ― 六
 (荘内史年表・天保飢饉録)
出典 日本の歴史地震史料 拾遺
ページ 261
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 山形
市区町村 遊佐【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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