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項目 内容
ID J2500664
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1855/11/11
和暦 安政二年十月二日
綱文 安政二年十月二日(一八五五・一一・一一)〔江戸及び近郊〕
書名 〔千葉市史 史料編4〕千葉市史編纂委員会編S58・3・31 千葉市発行
本文
[未校訂]安政大地震の生実藩江戸屋敷における死者書上

安政二年(一八五五)一〇月二日に起った江戸の大地
震では、死者一〇万人ともいわれる。この時、江戸の
竜の口にあった生実藩上屋敷は火災にあい多くの人が
死んだが、その時の死者書上げである。中間九人、足
軽六人、家中二九名が数えられる。死亡した中間・足
軽の出身村も記されている。
一五〇 (地震潰死人) 安政二年
安政二卯年十月二日
地震潰死人御中間
上(下)サ国惣領村出 役割庄左衛門
野田村出 仁兵衛
塩田村出 六蔵
草苅村出 常吉
中国出 豊後
出雲国出 新四良
大厳寺出 藤八
有吉村出 弥太郎
古泉村出 市五郎
御足軽死人
小金沢村出 拾五郎
浜野村出 喜八
生実村出 政右衛門
村田村出 三十郎
上(下)サ国八日市場出 喜太郎
南生実村出 甚太郎
御家中
高後多仲
小児女
比々羅木登
小児女
長田徳右衛門
秋葉平右衛門
同 女房
同忰 林佐
同 姉娘
同三男子之吉
京僧新作の
同 小児女
京僧亨助妻
同 小児男
桑名弥右衛門妻
同 養母
同 小児女
布施幸左衛門
同 女房
同忰 釜次郎
同次男七之助
同四(ママ)男清次郎
同四(ママ)男 小児
勧鉞次郎
同 忰
水口作右衛門
関野六太郎
髪結松五郎
同 妻
増井七左衛門
市原国次郎の
小児女
出典 新収日本地震史料 続補遺 別巻
ページ 1015
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 千葉
市区町村 千葉【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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