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項目 内容
ID J2500334
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔近藤芳樹日記 浪華日記北越紀行 十一〕○笠置山口県文書館
本文
[未校訂](文久元年二月二十一日)
廿一日晴
月カ瀨ヲ出テ桃か野ニ至ル此邊も梅多シソノ中ニ二三株桃
ノ木アリ所ノ名ニアヒテイトヲカシ
一谷に春をしめけり梅なれハ咲つく花の□もゝか野の岸
ソレヨリ川ツタヒニ二里余来テ奥カ原茶店ニイコフ此邊ニ
テハ奇麗ナル家ナリコレヨリ柳生へ十二三丁近柳生ゟ十丁
斗北ヘユキ川ハタヲ右ヘトリテ山道ニカゝリ本通ハ
左ヘユク
半道
ハカリ山道ヲ過テ笠置山ニ至ル毘沙門堂ナリ内ノ荘嚴キレ
イニ本堂ハ前年ノ地震ニ崩レテナシ長屋アリ鐘樓アリカネ
下ノ縁カクノ如シ
縁ニ建久七年丙辰八月十五日ソレヨリ下ハ磨減シレ
カタシ カクノ如ク風鈴ノフチノヤウノ入タルニ
ミゆきせしかさきのミねのつゝらをり山の須ゑまて
道そまかれる コノ所行在ノアトアリトソ
出典 新収日本地震史料 続補遺 別巻
ページ 413
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 京都
市区町村 笠置【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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