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項目 内容
ID J2300139
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1707/10/28
和暦 宝永四年十月四日
綱文 宝永四年十月四日(一七〇七・一〇・二八)〔東海以西至九州〕
書名 〔聴書〕○飯田市下殿岡矢沢直人家文書
本文
[未校訂]一宝永四年八月中旬大風吹作ちかい也
同年十月大地震時ハ夜時分当村そんじ家七軒半そんじ十二
軒其外田ハ水なぎひゞけ道そんじ山々崩る也其明日朝又大
震り飯田家大分そんじ御城崩れ有之毎日二度三度ツゝ十二
日迄震り又それゟ一日に五度位イ一夜ニ二度位イ震り間久
敷也其月中震動致廿二日ニ三度廿三日之五ツ時雪降向山ゟ
上ニ拾間位イ立雲出ル也其竜雷の如し
出典 新収日本地震史料 補遺 別巻
ページ 155
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 長野
市区町村 飯田【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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