西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。
前IDの記事
|
次IDの記事
項目 |
内容 |
ID |
J2200293 |
西暦(綱文) (ユリウス暦) |
1498/09/11
|
西暦(綱文) (先発グレゴリオ暦) |
1498/09/20
|
和暦 |
明応七年八月二十五日 |
綱文 |
明応七年八月二十五日(一四九八・九・二〇) |
書名 |
〔志摩国郷土史〕中岡志州著中岡登校▽
|
本文 |
[未校訂]大津、国崎とあるのは昔、今の国崎町が大津と国崎の二部落 にわかれていたから、そう命名されたのであろう。今の国崎 町南西部の大津浜付近に一部落があったわけで、同部落は 昔、(明応七年八月と安政元年十一月とも伝う)地震か又は 台風による津波をうけて全滅したものと推考される。勿論国 崎も甚大な被害をうけたものであろう。恐らく江戸時代より 古い災害で、両村で生き残った人々が今の国崎町の里、一村 に縮小してしまって里作りしたものであろう。 同じ様なことが答志島の答志と和具の二つの里にもあって、 答志村一村になってしまった。記録には残っていないけれど 恐らく同じ時の津波でやられたものと思われる。
|
出典 |
新収日本地震史料 補遺 |
ページ |
51 |
備考 |
本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
|
都道府県 |
三重
|
市区町村 |
志摩【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる
|
版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)
IIIF Curation Viewerで開く
地震研究所特別資料データベースのコレクションで見る
検索時間: 0.002秒