西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。
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項目 |
内容 |
ID |
J2200281 |
西暦(綱文) (ユリウス暦) |
1498/09/11
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西暦(綱文) (先発グレゴリオ暦) |
1498/09/20
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和暦 |
明応七年八月二十五日 |
綱文 |
明応七年八月二十五日(一四九八・九・二〇) |
書名 |
〔津市史〕▽
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本文 |
[未校訂](伊勢志略) 中河原村より北東方畑中に白砂小高き所字は竈のこしと言 ふ、昔塩浜の趾なりといふ、夫より東方海に近きあたりを安 濃の湊田、安濃の松原の古地とも指すへき乎。 中なハ村 中河原村より南方今の権現社の筋海中に入り無 里、享保中頃迄は干汐には、海中に此あたり人家の在りし所 ならんなとおぼしき物所々に見及ひたりと中河原村一老人の 物語りしを茲に記す土人の話なれは其の由来を明らめ得す後 考或は此松原はもと津の町と海との間にいと古りて見へける を後土御門院明応八年六月十日の大地震に破却して城下松原 ともに十七八町も波に沈めりと、されは今も観音前町通りを 高町といふ俗諺残れり、土俗海陸を「オキ」といひ「タカ」 といふ。
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出典 |
新収日本地震史料 補遺 |
ページ |
46 |
備考 |
本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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都道府県 |
三重
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市区町村 |
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)
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