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項目 内容
ID J1800300
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/12/23
和暦 嘉永七年十一月四日
綱文 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕
書名 〔沼津資料集成 Ⅲ〕S50・12・5 沼津市立駿河図書館
本文
[未校訂](老母を囲んで)
安政の大地震
「安政の大地震の時は確か[妾|わたし]が四つか五つの時でしたが能く
覚えていますよ。夜でネ、其の時の女中はおもとと云つて
ネ、母が早く寝かして仕舞ひ、母が妹のお恒をお[負|ぶ]つて夜な
べ仕事をして居ましたら、グラ〳〵ツて大変な地震で、台所
の床板が二三枚[跳|は]ね上がつて仕舞ひましてネ。父は其の時、
俳句の会か何かで留守で、飛んで帰つて来て、夫れに父が平
素気前がよく六尺などへ能く心付けしてやつていましたから
二人の六尺が直ぐ駆け付けて来ましてネ。其の時、佐々木の
おかねさんと勇さんと云ふ人は[梁|はり]が落ちて胸へ当つて死にま
してね。其の当時火葬は一向宗のみで其他は皆んな土葬で
ネ。それで父と田辺の伯父とで江戸中の葬式屋を飛び廻つて
漸くに佐々木の死人を[生|い]け込む壼を二ツ手に入れることが出
来たのでして、其他の[方々|ほうぼう]の家では死人を入れる壼が売切れ
で容易に手に入らず皆んな大困りをしたものですよ」(注、
安政二年の地震カ)
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-1
ページ 716
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 静岡
市区町村 沼津【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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