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項目 内容
ID J1700165
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1858/04/09
和暦 安政五年二月二十六日
綱文 安政五年二月二十六日(一八五八・四・九)〔飛騨・越中・加賀・越前〕
書名 〔堀岡村史〕S15・12・30 射水郡堀岡村役場
本文
[未校訂]安政五年二月二十五日、大地震あり、立山の支脈大鳶山崩壊
し、渓流を壅き止めて数里の大潴水を生じたが、同年四月十
六日俄然決壊し、三里位の幅にて激流奔放し、海にまで押通
してしまつた。この惨禍にて草高三万三千二百八十余石の田
は砂礫河原と化し、流没家屋は二千九百三十戸、溺死者は八
百余人であつた。これによつて常願寺川の水域はひどく変化
したといふ。当年の大地震は真夜中の事とし、本村も大混乱
を呈した。何さま寝込を劫かされて村民は寝衣のまゝ飛びだ
し或は裸のまゝ飛び出した者も多かつた。ところが此地震に
て海水が遠く引去つた。そりや津波だと言ひだした。上へ下
への大騒動、老若男女はだしのまゝで泣き〳〵先を争つて小
杉へ向つて避難した。それでも幸に津波が来なかつた。夜明
けて寝衣のまゝ帯をも締めない一行が百鬼夜行の風態でぞろ
〳〵帰つて来たといふ。
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻4
ページ 634
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 富山
市区町村 堀岡【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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