[未校訂]文政十一戊子年(皇紀二四八八昭和十一年ヨリ百八年前)十一月十二日大地
震あり信濃川沿岸地は最も激烈を極め特に三条長岡附近
は被害最も多く家屋の倒潰、耕地の裂崩挙げて数ふべか
らず死者実に一千四百四十三人傷者一万一千七百五十人
に及んだと、頸城郡に於ては米山腰の村々多少の余波を
受けしに止まり幸にして其難を免れた。之を世に三条大
地震と云つて居る。
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項目 | 内容 |
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ID | J1100153 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1828/12/18 |
和暦 | 文政十一年十一月十二日 |
綱文 | 文政十一年十一月十二日(一八二八・一二・一八)〔中越〕 |
書名 | 〔柿崎町史〕○新潟県 |
本文 |
[未校訂]文政十一戊子年(皇紀二四八八昭和十一年ヨリ百八年前)十一月十二日大地
震あり信濃川沿岸地は最も激烈を極め特に三条長岡附近 は被害最も多く家屋の倒潰、耕地の裂崩挙げて数ふべか らず死者実に一千四百四十三人傷者一万一千七百五十人 に及んだと、頸城郡に於ては米山腰の村々多少の余波を 受けしに止まり幸にして其難を免れた。之を世に三条大 地震と云つて居る。 |
出典 | 新収日本地震史料 第4巻 別巻 |
ページ | 567 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
都道府県 | 新潟 |
市区町村 | 柿崎【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる |
版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)
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