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項目 内容
ID J1002537
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1830/08/19
和暦 文政十三年七月二日
綱文 天保元年七月二日(一八三〇・八・一九)〔京都〕
書名 〔加古川市誌 一〕
本文
[未校訂]天保元年三月加古川芝居常小屋、馬借人足小屋の建築
が成り閏三月所在に御幣が降つて、伊勢御蔭参が流行し、
切飯の類を出して摂(ママ)待した。七月二十日加古川に大水が
出た。早朝から陰晴定らず油照で溽暑甚しく、七ツ時か
ら遠雷のような響きがあり、忽ち大地震が起り、人皆屋
外に飛び出して仏名を唱えた。翌朝まで百二十余震あり、
一月余も止まなかつた。十一月六日に加古川筋加古川村
以南は殺生を許された。十二月大晦日に馬借より出火し
た。糟谷文書姫陽秘鑑
○御蔭参は無銭旅行で、時々流行していたものの様であ
る。明治維新後一時流行したこの年の大地震は京都で、本朝地震記に
七月二日と記してあり、月末から震動は緩慢となつた。
出典 新収日本地震史料 第4巻
ページ 561
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 兵庫
市区町村 加古川【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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