[未校訂] 高岡郡須崎町北横町の堀川に、メガネ橋という石橋があ
る。その橋の袂に、お伊勢の松と呼ぶ大松が、最近まであ
った。幹の廻り二丈余樹齢四百余年という巨木であった
が、何故にその松をお伊勢の松と名付けたか茲に面白い伝
説がある。かの宝永の大地震の節、堀川の橋は全部落ちて
流れ、川より南に住む人々の内、逃げ遅れたものは西へ西
へと駈けこの松の辺りまで殺到して来た。津浪は容赦なく
押し寄せて来る人の命も危く見えた。咄嗟の場合、この松
へ登れる丈の者は登った。然し女子供は意の如くならな
い。只救いを求めて泣き叫ぶのであった。この時現われた
のがその当時村でも有名な大力のお伊勢と呼ぶ(宝永の大
地震史には此のあたりに住居せし渋谷金王と云える力士と
ある。)大兵怪力の男である。(或は女ともいふ)見る見る
内に片っぱしから向う岸へほうり投げて数多の人々を助け
最後には自分は其の松に攀ぢ登って命を拾ったというの
で、それより此の松をお伊勢の松と名付け、その伝説と共
に有名となったとのことである。このような大津浪でも高
い山の頂へまで登るにも及ばないこの松でも助かってい
る。今回の大地震でも街の高い処の住家には津浪は押し寄
せていないのである。