[未校訂]寛文二寅五月朔日巳ノ下刻
一大地震之事
△右大震後同日中ニ五十余度同夜中十七八度程ゆり
其後日々ゆり候而六月ニ至
△御城広間大ゆかミ之事
△筒井殿以来之古建物故是も殊之外いかミ有之候趣なり
△同所古石垣所々孕出候事
△西大手櫓下同断
△一宮社檀之前井垣五間石垣共崩ル其外所々損し候事
△京大坂其外近国之様子聞合及言上候事
但膳所大津は別而甚敷候趣なり
△右地震ニ付御城破損之所々 公辺に被 仰入候故絵図
覚書等差上候は五月十九日也
(朱)△右ニ付京都へ御窺使者須知出羽被遣之
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項目 | 内容 |
---|---|
ID | J0601210 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1662/06/16 |
和暦 | 寛文二年五月一日 |
綱文 | 寛文二年五月一日(一六六二・六・一六)〔山城・大和・河内・和泉・摂津・丹波・若狭・近江・美濃・伊賀〕駿河・三河・信濃・伊勢・武蔵→十二月まで余震 |
書名 | 〔永保記事略〕○伊賀上野 |
本文 |
[未校訂]寛文二寅五月朔日巳ノ下刻
一大地震之事 △右大震後同日中ニ五十余度同夜中十七八度程ゆり 其後日々ゆり候而六月ニ至 △御城広間大ゆかミ之事 △筒井殿以来之古建物故是も殊之外いかミ有之候趣なり △同所古石垣所々孕出候事 △西大手櫓下同断 △一宮社檀之前井垣五間石垣共崩ル其外所々損し候事 △京大坂其外近国之様子聞合及言上候事 但膳所大津は別而甚敷候趣なり △右地震ニ付御城破損之所々 公辺に被 仰入候故絵図 覚書等差上候は五月十九日也 (朱)△右ニ付京都へ御窺使者須知出羽被遣之 |
出典 | 新収日本地震史料 第2巻 |
ページ | 227 |
備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
都道府県 | 三重 |
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