後序文
市川ゑひ蔵か発句に 二本めハ与市もこまる扇かな 先に前編やらやつと序文して猿か人まねせしを夜語の友われをむしやうにそゝのかし、又序せよ木の(空カ)□へ上る色事とハむかしの事よ(おのカ)御れと雨後のひきかへるのつらのかハあつくもしるし畢
文政十三寅弥生吉日
感山一得誌
越後地震口説 後編 苦楽斎著
地しん変事の口説に付てふしき/\と口さき計、士農工商儒仏も神も、道にそれたる穴ある事は、先にあら/\書つらねしが、五十年来世のかはりしハ人気事か万仏迄も、昔沢山今たえてなし、むかし不足ハ今沢山よ、野山松の木村毎丈よ、寮司坊主もめつらしからす、又ハ民家に尼沢山よ、すかたしよしゆうに身の墨染ハ、後生大事と世を捨たるハ、一人子たからうしなふものか、又ハさかりのかつてにわかれ、これハ国中尋て見れハ一人二人か三人に過すせめて病身世にすたれもの、さかり女のていはつきけハ、今の世の中りつハかはやる、娵に行にもしたくかかゝる、しうとすまひハ気かむづかしく、今ハ末代みな事かハリ、清僧寺院ハ髪の毛いらす、女世帯ハ世わたりよいと、うつる三衣に乳くさきかほりまつ香たき/\ちく(カ)ちをよする、むつきせんたくつけひも着物、日よりよけれハ門前迄も、ひろけほしをくうき世となれハ、そこを通し小(コ)さかなうりも、しあんかほにて寺うちなかめ、いつのまてかわ改宗あると、ゑんりよ有まへなま塩さかな、お買なされと立よることよ、御代もつ□ハしゆかいのゝちか、又ハ千部のつるしの後か、御布施しゆなふハころよいうけん、是ハ扠をき近年の寮司坊主の修業をきくに、過半銭かね上京させて、年に両度のかうしやくきかせ、それを手からに其身ハゆかす、他人聞事ぬすんてうつし、をのか聞たる風情に見せて、不浄説法そらおそろしや、祖父かちう夜のなんきもいはす、ざうりわらじでためたる銭を、わつかいち座に四五度の御報謝、祖母か目やにをぬくふてちん苧孫にかくして一せんくれす、是もくわんけのさいにとられ下向もとりて残りしものハ、しびれ薬のひたいのちりよ、ひかん七日も三日ハけたい、またハ近来医師衆を見れハ病家大小ひんふくいハす、となりむらへも馬かごさハぎ、朝な夕なの病人廻り、かるい病者もやく礼次第、ちたい是なく日に二度三度、しやれい少ハ重病にても留守の急用のせん約杯と五度も七度もむた足あゆむ、又ハ命に御はらぬ病者、ゆ水のむやうなくすりをもるに、さじのかげんと小くひをひねる、灸治湯治を(ママ)きへたるとても、うハの空ふく風あひさつよ、それて仁心あらふかしらん、夫ハ扠て置修験をみれは、今か世の中仏法繁昌、あくま外道もたゝりをなさす、祈祷まじなひとやみか道て、家内けんそく渡世にこまる、ゑんの行者の道ふみながら、無分別なる(王)わう道ものよ、まこと行法申さうならハ、山に伏故山伏とよぶ夫ハつま子の不動のなハよ、今ハつなかれせんかたなさに法花坊主と心をあハせ、いつなつかひをやとふて来り、国中かすめて狐をつける、大家富家のかね取出して、悪事きハまりつゐあらハれて、知行一番大主のいせい、国のすみくせいばいありて、もはやきつねもばけあらハれる、けんせいのりのをハりハあハれ、扠も和国ハ異国にすぐれ、天照大神守らせ給ふ、天の岩戸ひらけし以来、月夜からすハまよふて鳴が、をのか心のおよハぬ先はふしきかりてハむた銭つかふ、むかし金毛九尾の狐、唐や天竺渡りて来り、しゆ/\のへんけに人みなまよふ、されと神明の和国の徳に、つゐに猛狐も身をほろぼして、石となりたるためしもござる、ふしきかる人ふしきをしらす、こゝに当国越後の国ハ、七ツふしきがある其名だにしらぬもの多に、しりかほしたへちよつと七ツのふしきを立ん、一に燃土と土たく事よ、二にハ燃(ねん)水くさらつあぶら、三に白兎とうさぎのことよ、四季に毛いろのかハるといふそ、四にハ胴鳴り、五にかまいたち、六に無縫塔蒲原郡かわらたになる陽善寺にて、(坊)注主せんけの三年前に墓のしるしの石塔石か、たれもしらぬに淵よりあがる、若い(坊)注主ハこれいやまりて、けさや衣に其石つゝみ淵へ入てもいくどもあがる、されど此寺出ほんすれは死なんのがるとつたへて御座る、七ツ火井ハ三条の南、山の麓の如法寺むらに、百姓荘右衛門いろりのすみに、石の小穴に竹つきさして、焼火かさせて火がもえ出て、きゆる事なくともし火となる、夜のたすけをむかしも今もかハる事なく重宝ものよ、またもいろ/\ふしきハあれど、是か当国七ツの不思儀是ハ一世のふしきて御座る、仏法ふしきハからてんぢくも、わけて日の本津々浦々も、わたりとられし其印には、死かいとり置寺々の役、火葬土そうにほうむりあるも、是ハ諸宗もみな同じことそれか中にも不思儀といふハ、五きやく十あく男女をいわす無類無行の尼かゝまでも、弥陀のちかひをしんするならば、みらい仏花をひらくとござる、是かふし義の親玉ならん、是ハ扠置今世の人気、金の位功をしる人ハしる、しらぬあハらか夫見習て、もうけこととて他のこしあてに、池やぬま地を覗てあるき、人ハ死ふかたをり□□よか、まゝよをのかゆくすへ身つまりまても、分と別との弁へなしに、上のお益と斯開見たて、うその有たけミなかきたてゝ、五度も七度も御けんしうける、池や潟沼舟引まわし又ハ野山をかけ廻りてハ、民の志よ作をふミあらしてハ、野于たぬきのすむみ山まて、まいすけいのく有たけつくし、田うへ時分や田の草さかり義理もいはすに人馬のついえ夫ておのれか身か立ものか、いまたかいふつこれなき内に、うその祢かほれ身の上とこかつま子けんそくミなちりにあとの家小屋うり物となる、屋敷まハリはいつのまにかハ野ら地となりて、狐むじなが新開いたす、早きむくひハ月日もまたしそれが中にも新田金主名利ふたつのすまふを組て、四本はしらにまく打まハし、検使たひてうちハをあけん、さし手引手も古実にはつれ、利足とるとて土俵ふミはつし、今はかね元へたまけとなる、これをつく/\かんかへ見るに、過去に其種まき入もせす、なんてこの実かとられるものか、是をおもひハよきあしきとて、さのみしうちやくいたさぬことぞ、きのふけふかとおもひしことも、そや三とせの春秋送而地しん変るに潰され家も、天のめくみに作方よくて、在も町家も追々たちて、先ハあんとに家うつり祝ふ、なんほ末世の今世とても善と悪とハくるまの両輪、治乱ふたつも同しことよ、人ハ一代名ハ万代、そをそれつゝしみゆくすゑなかく、松の十かへり花咲はるのはなしものにと書のこす