十八 みやま木
この頃、大地震震りて、いとおどろ/\しき事いへば愚かなり。霜月二十日余りの暁いみじう寒き頃、屋の内にもおらず騒ぎ惑ひたる心地何ゝかは似ん。昔耳に聞ゝ伝へたる事はあれど、目の前にいとかく天地覆すばかりの事は誰もまだ知らず。あさましう珍かなりと思ひ惑ふ。東路の国数多時を違へず震りたり。海近き所などは高潮とか言ふもの入りたり。「その辺り家ゐも残らず人も皆取られにけり」、など言ふを聞く心地いみじうあさまし。この辺り柱傾き家崩れ倒れたるなど、目にも見、聞ゝも伝へて猶いかゞあらんと上下安き心もなく思ひあへるに、今しも心肝ゝ潰るゝばかりの地震は、日を経れど夜昼止まず。さるは世の中には人も数多損はれにけりなど言ふに、かしこう逃れたるはさるにても、神仏の守り愚かならざりけりと皆人思ふべし。
注、松陰日記は、柳沢吉保側室正親町町子の日記。