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項目 内容
ID S00000497
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1812/12/07
和暦 文化九年十一月四日
綱文 文化九年十一月四日(一八一二・一二・七)
書名 〔関口日記〕○横浜市生麦
本文
[未校訂]四日癸酉晴ル
申刻大地震
夜半頃少々両度震
一百文       小遣出ス
地震ニ而神奈川宿荒宿
亀屋家相倒其外ニも
相潰死人少々有候由
川崎宿ニ而吉田屋蔦屋
二軒共相倒レ六郷川
向通リ地面往来裂
候趣及承候近来稀
成地震ニ御座候
孫七江戸〓今日帰リ娘共
著類持来リ請取申候
五日甲戌晴天
御普請役埋樋再見分ニ
今日御出被成候
九日戊寅晴ル
甚吉少之内麦かけこい
去四日大地震ニ而当村ハ
家破損等無御座候間
鎮守へ神酒上ル村中
二日正月相触ル
十一日庚辰晴天
地震少々
出典 都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト【史資料データベース】
ページ
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 神奈川
市区町村 鶴見【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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