[未校訂]去廿四日四ツ時前大黒之画御認大抵御出来御筆御持居被
遊候処大地震ゆり出し急ニ強く相成り御内縁外御障子と
も一同に倒れ候間其儘御縁頰江被遊
御出候処女中九十郎其外御近習迄も変事ニ付御錠口より
参り御奥御庭より御表御庭江御疊敷被為 入其中ニ御家
老之奉行様も罷出其処ニ而被遊
御逢多宮も取出し候処同人忰かなりふ(ママ)まり候上へ住居つ
ふれはりの下ニ相成瓦をはね漸々ニ出し候処少々怪我候
へとも格別之事無之其外九十郎忰□人も少々怪家致し候
斗御家中一統無難頼母忰もはりの下より引出し候より町
方にても中町迄大かたつふれ死人十八人程怪家ハ数不知
其後もゆり返し初めの程の事ハ無之候得共何分にも御殿
内ヘハ 御入兼其儘御庭ニ今朝迠被為
入御領分中の事ハ通路御ゆり候処多くしれ兼小松原村屋
代なとも潰家多く死人も多く候よし善光寺大門町石堂と
申処より出火是も潰れし所よりの出火其外所々より出火
と朝に至り候而もいまた火消不申候只今八ッ時前に候処
未ダ焼居申候よし本堂山門ハ残り其外諸堂社大勧進もミ
な焼開帳にて旅人殊の外多く之所大方死候との様子犀川
もいつ方にて山崩れ候や水参り不申足のくるふし上位ニ
て渡り候よし今ニ水出可申と一統に恐れ其近辺の者ハ山
へ登り候よし常の地震と違ひ時々山にて音致し大鉄砲を
発候様の音致候と夫より地震致し候間もしや浅間の焼る
には無之やと思召候か未御し(カ)れ不被遊候今日もいまた御
庭に被為 入稲荷山も皆焼候よし 幸 御城下ハ出火無
之是非如何哉と御案事被遊候上田辺ハ如何か不知飯山も
出火なと風説致し候何とも未曽有之大地震御座候而 御
城下山付ハ軽く舞嶋山ハ一向ニ御無難何もとるハ夏の様
にて為在候旨乍去御不快も不為 在御機嫌能被為 入候
間御案事不被遊候様此節之事御案事被遊候て宜敷被 御
進候様
三月廿五日昼後
尚々此上地震も追々遠く相成候事 思召候京都の地震の
事杯の様子にてハ十日位ハかゝり可申候乍然一統に用心
致候間未々迄も無難可有之候
思召候旨
右之趣 御上ニ而□被
仰進候