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項目 内容
ID J3100684
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1899/11/25
和暦 明治三十二年十一月二十五日
綱文 明治三十二年十一月二十五日(一八九九)
書名 〔宮崎県古公文書気象〕宮崎県文書センター蔵貴書庫MW、31∞200-1-2291
本文
[未校訂]地震報告
本日午前第三時四十分北方ヨリ地震ヲ発シ第一回ノ震動
ハ強ノ梢大ナルモノニシテ動揺時間凡六分ナリ又第二回
ノ分ハ弱震ノ梢強ナルモノニシテ震動時間凡三分ナリ其
後四時三十分頃迄ニ三度ノ微震アリ依テ震災ノ概況ヲ調
査スルニ或商店ノランプ類医家薬剤室の茶瓶等其他人家
墻壁ノ毀損シタルヶ所所々ニ有之候右ハ不取敢及報告候

明治三十二年十一月廿五日
南那珂郡長 渋谷元武
宮崎県知事 園山 勇殿
地震報告
本日午前三時五十分強震アリ震動凡ソ四分時ニシテ終リ
又五分時ヲ経テ凡ソ三分時震動セリ其後同五時迠ノ間ニ
於テ三回ノ微震アリタリ其方向ハ何レモ西東ニシテ家屋
ノ動揺甚シ仍テ家屋土蔵土壁等ハ破損又ハ破裂ヲ出シ水
甕手水盥等ニ満水シタルモノ及ヒ其他ノ器物ニ盛リアル
流動物体ハ震動ノ為メ溢出セリ而シテ目下取調中ニハ候
得共人畜ノ死傷等ハ無之ト存候此段不取敢及方告候也
明治三十二年十一月廿五日
北諸懸郡長 喜多秀一郎
宮崎県知事 園山 勇殿
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 四ノ下
ページ 1807
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 宮崎
市区町村 宮崎【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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