[未校訂]一月十五日(火)晴 午前五時五十五分大きな地震により
て揺り起さる。予は火災を恐れて直ちにアンカを抱へ
て玄関に出で、蝶子は玄関の錠を外さんと周章狼狽せ
り。予アンカを置きて漸くにして開く。下駄を穿かず
に出でんとすれば蝶子は下駄を与へき。昌ちやん来ら
ざれりければ再び入りて見るに、壁高く積み上げたる
本箱を支へて倒れぬやうに努めゐたり。震源地は相州
の丹沢山附近なりといふ。汽車脱線、電車通ぜす。
一月十六日(水)晴 余震尚も熄まず。人々不安に襲はれ
て生きたる心地なきが如し。社会の波も荒く、人の心
も流れの岩角に激するが如く見ゆ。今日は又烈風怒号
して黄塵降るが如くなりき。