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項目 内容
ID J2700232
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/07/09
和暦 嘉永七年六月十五日
綱文 安政元年六月十五日(一八五四・七・九)〔伊賀・伊勢・大和・山城・近江・河内〕
書名 〔真岡市史 第三巻 近世史料編〕真岡市史編さん委員会S60・3・31 真岡市
本文
[未校訂](塚田家旧新記録)
当六月十五日上方大地震
一伊勢両宮者無難、其外者潰候由
一東海道 四日市 水口 石部 五山其外
一伊賀上野御城崩れ
一江州路茂余程潰レ、既ニ境屋平兵衛殿在国中ニ而、庭
へ欠出シ居候得共難堪地ヲ這候由、居宅も余程損し土
蔵而已菱之如くニ相成候揚茂有之候由
信州善光寺地震よりハ余程大地震之趣ニ御座候
一山城 摂津 泉州 尾張 伊賀 伊勢  江州 河内
越前、九箇国之間珍敷大変成事ニ御座候
出典 日本の歴史地震史料 拾遺 別巻
ページ 466
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 栃木
市区町村 真岡【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

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