[未校訂]一八五四年(安政元年)
○一八五四年六月十四日―二十五日まで断続地震にて、
自宅のつぶれ池という堀方の最中時で尾松の七二一番地
で[巳|ミ]の日という、十一月四日の大地震も[巳|ミ]の日の地震で
あったといいう。その時に、一七九五(寛政七年)三月に
「南無阿弥陀佛」の墓碑建立されており、 一八五四年六
月十四日の大地震でたおれて折れた、今もその石の折れ
たのを補修している。六月二十二日に村役人が出てなお
している。(源治、佐平、長四郎、与左ヱ門、八右ヱ門、
甚六、利右ヱ門、庄右ヱ門、伝兵衛、勘介、安兵衛、定
治、久右ヱ門、長義、源七、新七となっている。
十(六月)三日―十四日大地震あり、(中略)六月十三日夜四ツ時
(午后一〇時)と十四日の朝晩八ツ時(午前二時)とを中心
に何回となくゆれて、両日ともねられず、戦々競々だっ
たという。