[未校訂](筱舎漫筆)西田直養(寛政五~元治二)著小倉藩士
○信濃国大地震中一奇談
弘化四未六月十六日、豊前四日市の医師渡辺明といふ人
来りて曰、この五月より東国辺遊行、近頃の信濃の大地
震のことをいふ。此ころ善光寺通行。げに風説よりもあ
はれなり。人畜の死亡、田畠の損毛は、世人のいふとこ
ろなればきかず。たゞ一奇談あり。小市といふ処より少々
上の手の川端に、岸根に源海といふ浄土宗の大徳、法然
同時の人の入定の石棺といふもの、昔はありしが、此度、
水にて棺くだけたり。しかるに其死体筋骨具足して、川
下の南の方氷鉋村といふ処の柳樹間にかゝりしを、村民
かねて源海が入定といふことをしりたりしゆへ、ひろひ
あげて箱にをさめ、其村に唯念寺といふ寺あり。浄土宗
なり。其僧もらひて寺に安置す。それを見たりしに、骨
くみ崩れず。かの弘知法印のごときものとぞ。六七百年
も空気にあはず、石中にありしゆゑ、そのまゝなり。四
月十三日出水にて、十六日の朝見出せしなり。一奇なり。