[未校訂]十一月十二日 朝五ツ時(午前八時)、三条大地震が起こ
る。加茂町では即死人一人、重軽傷者六人、倒潰家屋
九軒、そのほかほとんどの家が半潰などの被害を受け
る。下条村では家数三百軒余のところ六七軒が潰家と
なり、法音寺・光徳寺・専照寺とも庫裡半潰。鵜森村
では順行寺の境内が地割れし、赤砂・青砂が吹き出す。
山嶋・川西では三、四軒が潰家となり、加茂新田の覚
満寺では本堂庫裡とも大痛みとなる。また黒水村では
作右衛門・五助の二軒が全潰したのをはじめ三軒が半
潰し、そのほか大半の家も被害を受ける。(三条市 矢
川寛衛氏所蔵文書・上五〇一・下四三四)
十二月 地震による倒潰百姓救済のため、幕府領出雲崎
役所より加茂町に、米三三俵・永六貫三二九文五分と
金三九両三朱・永二六文六分が下附され、加茂町では
これを被災した小前百姓四四軒に支給する。(加茂市立
図書館所蔵文書)