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項目 内容
ID J2500717
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1855/11/11
和暦 安政二年十月二日
綱文 安政二年十月二日(一八五五・一一・一一)〔江戸及び近郊〕
書名 〔由利家公私之日記〕○豊岡豊岡市立郷土資料館
本文
[未校訂]十月
二日
一夜分四ツ前ニ久振ニ而地震来り申候格別之義ニ而も無之
ニ付本屋へハ出不申候九十郎お蔦もいん居へ見舞ニ参り
申候
当月江戸表四日出之御飛脚十日晩着いたし江戸表当月二
日大地震ニ有之所御長屋ハ大破ニ申来候得とも外ハ先ツ
故障も無之御殿様初奥方様何れも御囲の中に御座敷ヲ御
出之様子ニて次第ニ都合ヲ可被仰付旨申来候出火之数ハ
所々方々と申義ニ而未タ何とも納り方ハ不相訳様子ニ申
承り候
十二月
晦日のあとに
此日記之内夘十月二日夜大地震之訳書有之候得とも我等
義ハ本家へも罷出候程ニも記帳無之候九十郎お蔦とも見
舞ニハ来候得とも格別驚候程ニハ無之候然ル所福井庄三
郎殿方へ先年奉公相勤居申者此節ハ江戸表へ五六年以前
ゟ罷越居候旨ニて此者之方ゟ江戸表十月二日大地震之訳
書早摺ニ致し一枚幸便ニ差越候旨申承候故丹庄殿方へか
りニ遣候而熟読いたし候所余り大変義故崩家并死人訳土
蔵之員数等之訳後年為考写し置候
(注、早摺の写し省略)
出典 新収日本地震史料 続補遺 別巻
ページ 1072
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 兵庫
市区町村 豊岡【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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