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項目 |
内容 |
ID |
J2200571 |
西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1649/07/29
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和暦 |
慶安二年六月二十日 |
綱文 |
慶安二年六月二十日(一六四九・七・二九)〔江戸・川越・日光〕 |
書名 |
〔江戸幕府日記(浅草)〕
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本文 |
[未校訂](注、〔酒井家史料日記〕〔東京市史稿 市街篇〕、「史料」第二巻一七四頁〔江戸幕府日記〕に掲載されていない部分のみを記す) (六月二十二日) 水 相輪塔少々かたむく 一坂井半左衛門昨夜子刻至鉢石参着之由注進之 紀 紀伊殿へ 上使柴田筑後守ヲ以今度地震ニ付日光之義御心 許なく被 思召候所御宝塔御本社何も御堅固之御注進ニ而 御機嫌被為思召候様被仰遣 (六月廿三日) 一筒井内蔵・坂井半左衛門去廿日夜日光江被差遣之、今日帰参 紀 御本社別条無之由 (慶安三年) 二月五日 一去頃地震之刻西之丸東之石垣破損ニ付而修復之儀土井遠江 守江被 仰付、是右之石垣先年遠江守依築之也 (慶安三年) 三月十三日 一紅葉山并西丸中石垣破損ニ付、修復之儀相馬大膳亮被 仰 付之、人足等卯月下旬参着候様伝之
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出典 |
新収日本地震史料 補遺 |
ページ |
123 |
備考 |
本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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都道府県 |
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)
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