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項目 内容
ID J2100178
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1847/05/08
和暦 弘化四年三月二十四日
綱文 弘化四年三月二十四日(一八四七・五・八)〔北信濃・越後西部〕
書名 〔堀内家文書〕小県郡真田町傍陽
本文
[未校訂](裏表紙)「 洗馬組割(カ)書添役
堀内只四郎 」
乍恐以書付奉願上候御事
一今般私共奉願上候は、三月廿四日大地震ト風聞有之候ニ
付、同廿二日ゟ神々幟建致心信、且又私共ノ氏神半田平半
田大明神之幟狼藉之躰ニ而、所一統江被奪取(奪ノ意)候儀、何共先
祖猶又御他領之一族江対し不相済義、後日ニ如何様之儀被
致候哉難斗、誠ニ難渋仕候ニ付 御上様以御隣愍村方一同
江、御利解被為 仰付候上、幟相返シ候様被 仰付被下置
候ハゝ、難有仕合ニ奉存候、乍恐右願之通り被為 仰付被
下置候様奉願上候 以上

四月
上洗馬村
宮沢組
判頭惣代
彦太郎印
源吉印
和重印
半田氏子惣代
祐助印
忠右衛門印
才吉印
新八印
御奉行様
(表紙)「嘉永七年
公私両用日記帳
寅正月吉日 」
川中嶋
稲荷山村
長雲寺
右は去未年地震之節、諸堂震潰レ之上焼失ニ而、御領分勧化
被成下御免候所、来月十三日ゟ八月十三日迄、日数九十日之
間村々順行可致候間、物之多少ニか(ママ)らす可致寄進旨
右御触ニ候間、村々不洩様相触候様、御執斗可被成候、此段
得御意候 以上
五月廿一日 割番
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻6-2
ページ 1471
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 長野
市区町村 真田【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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