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項目 内容
ID J2000018
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1847/05/08
和暦 弘化四年三月二十四日
綱文 弘化四年三月二十四日(一八四七・五・八)〔北信濃・越後西部〕
書名 〔御願川除等御普請仕立中日記〕
本文
[未校訂](表紙)「 弘化四丁未年 三番
御願川除等御普請仕立中日記
八月十五日ヨリ 」
(注、普請のため勘定方八月十八日丹波島着煤花川川除普請の場十九日見分丁張、十二月に普請完了までの人の動きに関するもの、省略。金高は壱万四千両である。次の「定」のみ掲載する)
(八月二十三日の条)

此度地震付堤川除其外破損所御普請之儀皆御入用ヲ以被
仰付候上は難有相心得格別ニ出精いたし差図を請相仕立聊
ニ而も麁略之義致間敷事
一休掛り共唱物ニ而懸引いたし候間勝手儘ニ(ママ)休息致間敷事
一喧嘩口論諸勝負事は勿論其外かさつなる儀致間敷事
一場所内禁酒之事
一村々之内遠村は里数ニ応し刻限遅速之義差図いたし候間右
 刻限より遅刻いたす間敷事
右之条々皆可相守もの也
 未八月

一繩張を勝手まゝ(ママ)に直し法をちゝめ高をひきくし候ものわ賃
銭渡し申間敷事
一砂利取は堤越拾間はなれ取べし尤堤近ニ而も地高ニ而開発
ニさし支へ候場所は差図之上取すべし勝手まゝに取べから

一砂利取之節石はね置追而石腹付枠等ニ遣べき事
一石腹付合掌枠とも弐尺程砂利掘置平にして仕立べき事
一砂利持運ひ堤の真通ニ置べし表うらとも弐尺通ハ筋そた付
候せつさしつかへに成り候
一改なき木品は遣べからず
一筋そたハ長壱尺七八寸ニ切そろへあつさ弐寸ニ敷候定法之

一石腹付之石は弐尺長ニ遣へし加ゝみのことく平の方計表ニ
遣へからず
右之趣村役人一同相心得居人足の世話人小頭等江能々申含置
そむき申間敷候不申時候(ママ)ハゝ村役人之越度申付候而背候ハゝ
人足の越度たるへし何ケ度も仕立直し申付べし
右仕立方荒増心得居申へし其余は日々差図いたし可申間其旨
相心得定之趣堅相守可申候也
未八月 御普請掛
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻6-1
ページ 212
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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