[未校訂]嘉永七年(一八五四)十一月五日より六日にかけても大地震
があつたがこの時の模様は富田有馬右衛門三郎が藩へ報告し
た記録によると、志度浦津田浦大痛に候へども、怪我人は御
座無く候鶴羽浦御蔵所無事に候。総体山分はゆるやかの事に
候とあり、さらに日記風の文には、霜月四日大地震、翌五日
より六日にかけ前代未聞の大地震、我人共驚かざるものな
し。富者は災宅を構え、貧者は藁などで急ごしらえの小屋を
造り、貧富の差別なく神代にかえつた思いがするとある。
西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ID | J1900359 |
| 西暦(綱文) (グレゴリオ暦) |
1854/12/23 |
| 和暦 | 嘉永七年十一月四日 |
| 綱文 | 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕 |
| 書名 | 〔津田町史〕○香川県大川郡S34・2・10津田町史編集委員会・津田町教育委員会発行 |
| 本文 |
[未校訂]嘉永七年(一八五四)十一月五日より六日にかけても大地震
があつたがこの時の模様は富田有馬右衛門三郎が藩へ報告し た記録によると、志度浦津田浦大痛に候へども、怪我人は御 座無く候鶴羽浦御蔵所無事に候。総体山分はゆるやかの事に 候とあり、さらに日記風の文には、霜月四日大地震、翌五日 より六日にかけ前代未聞の大地震、我人共驚かざるものな し。富者は災宅を構え、貧者は藁などで急ごしらえの小屋を 造り、貧富の差別なく神代にかえつた思いがするとある。 |
| 出典 | 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-2 |
| ページ | 1916 |
| 備考 | 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。 |
| 都道府県 | 香川 |
| 市区町村 | 津田【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる |
版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)
IIIF Curation Viewerで開く
地震研究所特別資料データベースのコレクションで見る
検索時間: 0.001秒