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項目 内容
ID J1900358
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/12/23
和暦 嘉永七年十一月四日
綱文 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕
書名 〔長尾町史〕○香川県S40・12・15長尾町史編集委員会編・長尾町役場
本文
[未校訂]嘉永七年の大地震 嘉永七年十一月五日より六日にかけて
大地震があつた。富田有馬右衛門三郎が藩へ報告した控え
に、志度浦津田浦大痛みだが山分はゆるやかとなつており、
日記には、前代未聞の大地震、富者は災宅を構え貧者は急ご
しらえの小屋を造つて避難したとある。
安政の大地震 安政元年六月十日および十五日に地震があ
り、十一月四・五日にはこれまた前代未聞の大地震に見舞わ
れた。長尾の古老の伝承によると、ふらついて道が歩けず、
たまりの水、便所のため肥が踊り、人々は余震をさけて竹や
ぶに避難し、数日野宿したという。
(長尾寺)
その後堂宇の修覆は寛保三年から延享三年まで、および文化
三年、文政十二年にも行なわれたが嘉永七年十一月大地震の
ため鐘楼・客殿・釣屋・長屋・大師堂などが大破したので、
この年大修造が行なわれた。しかし鐘楼はついに再建され
ず、鐘は仁王門につるすようになつた。
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-2
ページ 1916
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 香川
市区町村 長尾【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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