Logo地震史料集テキストデータベース

西暦、綱文、書名から同じものの一覧にリンクします。

前IDの記事 次IDの記事

項目 内容
ID J1900322
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/12/23
和暦 嘉永七年十一月四日
綱文 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕
書名 〔立江町史〕○徳島県S10・10・1矢野貴一編集代表
本文
[未校訂]序に一寸書き付け置くは嘉永七年霜月四日の朝より西方に当
つて大きな地鳴がし出したが其日四つ時(巳の刻)今の午前
十時に地震がし出して揺通し五日の夕の七つ時西方に当り百
雷の一時に墜落せる如き大鳴動があつて是れが為めに人々皆
肝が潰れた続いて最大激震あつて狼狽号泣の声騒々しく其月
中は大揺小揺が聯続した為め野宿の者も多い此凶事があつた
から極月初に改元なつて安政元年と仰出された夫れで世に之
れを安政元年の大地震と云つた
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-2
ページ 1891
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 徳島
市区町村 立江【参考】歴史的行政区域データセットβ版でみる

版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

IIIF Curation Viewerで開く
地震研究所特別資料データベースのコレクションで見る

検索時間: 0.002秒