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項目 内容
ID J1900005
西暦(綱文)
(グレゴリオ暦)
1854/12/23
和暦 嘉永七年十一月四日
綱文 安政元年十一月四日・五日・七日(一八五四・一二・二三、二四、二六)〔関東以西の日本各地〕
書名 〔天変地異勘文〕○京都陽明文庫
本文
[未校訂]奉捧重テ大地震占察法別録之円厳秘勘進之条
嘉永七甲寅年十一月二戊辰(ママ)日辰上刻大地震也摩蝎宮金曜虚宿
直日也、同四日己巳日同宮土曜危宿也、従昨日時々刻々余震
不止、同五癸午日同宮日曜辟宿直日也、前日同断未止、申下
刻大震アリ、此時大坂洪波ニ而川□(ムシ)人家□(ムシ)相撲テ破裂、死
人数ヲ不知レ、三日ノ大地震虚宿ノ直日ハ
大樹公之克宿ニ当ル、四日余震土曜危宿直日ハ衝宿ニ当ル、
五日之再大震、大坂洪波日曜壁宿直日ハ聚宿ニ当ル、右虚ノ
克宿占文ニ曰、有官私口舌疾病□(ムシ)之事云々、危ノ衝宿占文
ニ曰、分居離別則亡失シ財困閉云々、壁ノ聚宿占文曰、亡官
失勢云々、加之ナラス田宅宮ノ位当ル占文ニ曰、財散憂遠行
闘諍田宅云々、又日曜直日ハ一天父来現シテ善悪告勅ノ日
也、土曜直日ノ地動国人不安威重人死ト云々
占察法ニ得ル所ノ判断巨細ヲ約シ、弥異賊襲来国家之大災厄
重大悪徴切迫之証也、毎度勘文ニ附テ上表之通速ニ大攘災御
修行被在度御事ニ候 誠惶謹言
嘉永七甲寅十一月十一日
療病院六物印
御坊官御中
出典 新収日本地震史料 第5巻 別巻5-2
ページ 1442
備考 本文欄に[未校訂]が付されているものは、史料集を高精度OCRで等でテキスト化した結果であり、研究者による校訂を経ていないテキストです。信頼性の低い史料や記述が含まれている場合があります。
都道府県 京都
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版面画像(東京大学地震研究所図書室所蔵)

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