地震史料集テキストデータベース

[未校訂]雑書
此度御府内大地震之儀は古今未曾有之大変、人家大半推倒
傷死数をしらす、或は子父を失ひ、或は子母ニ離れ、或は
全家死失僅ニ幼児を残し候類は不及申、足を折、手を痛、
生活も出来兼候類限も無之、其上失火類焼之家は家作のミ
ならす家財金銭少しも不残、実ニ赤裸に相成、飢餓旦夕ニ
逼り候次第見聞仕候而も惨然と不可忍之心を動候義、有心
ものハ片時も難捨置形勢等御座候、従
公辺も難有御仁政を以早々御救小屋被　仰付、夫々御手当も
被為有候得共、御救小屋相願候は極々下賤或は廃疾之者多
く、少く体面を得候者は世間を憚り飢餓を忍ひ相願不申
候、是も耻を知る人情無拠次第ニ御座候間、左様成面々江
は何とそ御府下豪富之者米銭を出し義賑之企仕候間、夫々
近所手近之場所相救候は多年太平之　御国恩ニ浴し候冥加
ニも相叶可然儀と奉存候、乍然此儀銘々心より発起仕不申
候而は難行届儀、言を以教候は身を以て率ゆるに如すと承
り候得は、何卒私或微賤之者ニは候得共身上之有丈を尽
し、諸人の先唱仕度と存候得共、一銭壱粒之蓄も無之身分
如何共致方無之当惑仕候、右ニ付篤と相考候ニ、私儀
御屋形様兼々御立入も被　仰付難有仕合、是と申も去ル辰年
御大変以来乍蔭種々微力を尽し赤心ヲ以相働、株式迄も相
失、浪人之身分ト相成、今日迄困窮罷在候儀、一二有志之
御方は御存知も有之儀ニ候得共、於私は全く天下之御為と
存候より仕候事故少しも言外願ケ間敷儀申上候事無之候得
共、此度之大変ニ付てハ親類故旧は不申及、私住居近所之
儀は別而困窮人多、実ニ見聞仕候ニも不忍候間、何卒是迄
之微労をも被思召候は米三百俵拝借、右之者共江相施、諸
人之先唱仕度、左候得は追々義心発起仕候者も多く
御府下窮人之困厄を免れ候儀
御屋形様之御陰徳ニて御繁昌之御基と奉存候、左候得ハ私一
身之情も尽し
御屋形様之御為ニも相成候儀と奉存候間、何卒私深衷御察被
下右米三百俵拝借被　仰付被下置候様奉願上候、尤壱粒た
り共自分私ニ仕候儀ニは無之段は神明も照覧有之事ニ候
間、何卒右願之通被　仰付被下置候様偏宜御執成奉願上
候、尤私微力之儀故拝借仕候而も別ニ上納之手段も無御座
候間、右御恩沢を蒙り候者共一同永く
御屋形様御繁昌を祈り御陰徳を戴候儀を上納と被思召被下候
様奉願上候　以上
安政二乙卯十月十日　桜任蔵印