地震史料集テキストデータベース
[未校訂]（注、「安政見聞録」「安政見聞誌」「かわら版」（「史料」第四巻六一三頁上一六行以下、その他）の写は省略する）
安政二年十月
江戸御屋敷ゟ来状
扨此度之変事古今無類之死人、明暦之火事ニて御案内之通り
十万八千人焼候由ニ候得共、此程は三日月町奉行所市中計之
届七万六千人余、勿論市中も不残之調ニは中々以行届兼候趣、
大名屋敷籏本屋敷寺院等ヲ結候得は、何十万之声掛り可申哉、
大手前酒井雅楽頭殿屋敷ハ不残焼失、奥向女中凡弐百人も死
失御座候噂有之、御城内ハ下乗所ニ有之候下馬壱棟潰、直ニ
焼失、其外先便も荒々得御意候通地震静り候否新吉原ゟ出火
一ト廓不残、猿若丁不残、右最寄同駒形堂近辺潰出火、坂本
通大凡潰、池ノ端・茅丁潰屋より出火、上野広小路松坂屋大
潰、死失壱軒ニ而百人余、右近辺より下谷不残、内神田・下
町口大凡潰、或ハ出火、尤土蔵ハ土ヲ震候迄ニ而潰ハ少く、
本通京橋より芝口江掛、目も不及程之潰、本所并深川潰、出
火ニ而七分通住居兼候由、武州下総掛而何分ト申歩合も未タ
分り兼、小川町辺抔者猿楽町通り表裏大半潰、并焼申候、右
之外様々之跡有之候得共、余り大騒成事ニ而此度うそ（ママ）咄ゟ場
所江臨□事大キク相見申候、中右二日之後、日々夜々少々ツ
ツ地震度々ニ而、宅ニも居兼、御屋敷中野陣張申候、右御答
御礼旁可得貴意如此ニ御座候 以上
十月十三日
猶以口へハ申兼候得共、御大名御籏本之内当主奥方等余程怪
我人有之中ニは死骸否得出分も有之趣、誠ニ歎敷事ニ御座候
以上
前同断壱通前文略
扨此度之天災御頭掛山下坂本通死人ヲ御乗越、潰家御はね越
御通、自然御落涙ニ被及候由御尤之御事御座候、御地も至而
御安全貴家ニも御平安之御事奉□誠ニ東都近代未聞之大
地震ニ御座候、右之夜宵ゟ相休候処、大地震左之手ニ行燈ヲ
提、右之手ニ而雨戸ヲ開可申と椽江欠出候哉否、雨戸不残飛
散、小生如夢庭江欠出し、孫共ニ声ヲ掛、何レも無難ニ相凌
申候、一頻ハ歩行も六ケ敷位ニ御座候得は、御殿中も大破、
中々仮所江入居之事も不相成、中ノ口前柳之辺江薄縁ヲ敷、
御張面持出し夫々御届向致し居、夜ヲ明し申候、右地震ニ而
庭江出候節、最早浅草通り大火相見申候、夫ゟ追々出火四拾
ケ所ト申事ニ而、浅草通りより麻布通迄所々之大火、誠ニ怖
敷事ニ御座候、右騒之内大手門腰掛ゟ出火、直ニ鎮火致し候
へ共、御場所柄故御機嫌伺之取調いやはや大混雑致し候
一小石川御屋形も七分通大破、其余御長屋も潰候由、其夜不
明中ニ相聞申候処、余り相違も無之、御屋形柱ねち切レ或
ハ倒掛り、中々以御住居不相成
線様ニも御本丸江御逗留、中納言様御始今以御庭内御茶屋
ニ被為入候由ニ御座候
一右御同断御長屋潰レ、死亡多く有之由、右は聢とは不相知
候得とも、五拾壱人と承り申候、戸田・藤田も右之内也、
右様之事故怪我人も定而多く可有之事ニ御座候、御囲ねり
塀今以倒レ候まゝと承り申候、扨前書出火小石川御近火と
相成候ニ付、御人数被懸候処、右出火之御気遣無之間、潰
レ家取片付呉候様御徒目付申候ニ付、任其意取片付候処、
潰家之下ゟ余程人掘出し助り候者も有之候由
一富坂下小笠原殿丸潰レ、当主并奥方死亡之由、奥方ハ兎而
も不叶と懐釼ニ而死候共風説有之候、当主ハ出候共申候、
家来ハ六七十も死候風聞
一右之外大諸侯方丸潰焼失死人等之分、逸々風聞認尽し難候
間略し申候
一右地震ニ付、当四日御用番江御出有之御供ニ相出候者之噺
ニ、会津殿門前ニ車五両（輛）有之、右は宜敷御手配り米ニ而も
可有之と承り候処、左ハ無之、三両（輛）ハ死人、二両（輛）ハ馬之由
ニ御座候
一大柳沢殿潰ニ焼ニ而、多分之死亡、既ニ時之助殿も被潰、
近習之者余程被□死亡之風説実否不知
一右ニ付死亡人多分早桶間ニ合不申、酒樽ニ入レ有之、森川
殿屋敷抔如此由見候者之咄
一右ニ不限上之口ニ而酒樽、又ハ下之輩箱或は菰包、車ニ而
寺江遣候由、既大塚辺江も右車三両（輛）通り候由見候者之咄
一両国向回（ママ）院葬地無之死人断之由、夫ニ付公辺より寺々江被
仰付引取候様、引取候得は青銅壱貫文被下候様、且檀家施
主ゟ布施受申間敷寺々江御達有之由ニ承り申候、諸寺ニ而
も葬地無之故、大穴ヲ掘り樽入ハ樽より出し投入申候由、
寺々ニも持余し今以樽之まゝ積置候も有之由風説
一堀田備中守殿右地震否主従三人ニ而登城之由、妻子死、尤
三才之子供乳母抱出し助り候と申風説実否ハ不知、右様之
大変家内ヲ捨登城之事評判ものニ候処、果而御老中被蒙仰
候且妻子死亡ハ虚説ニ可有之候
一安藤長門守殿同断供も誠ニ少く早速登城、紅葉山芝御霊屋
見廻り帰宅、其足ニ而家中軒別ニ被参安否尋而後、住居江
被入候と申風説、評判宜敷候、家中服し居候ハ兼而之評判
ニ候
一吉原之死亡人数弐千八百拾四人と申事
一町方死亡当六日迄之届七万八千人と申事也
一深川浄清寺伴僧之咄、三日之夜迄葬之者五百七拾人之由直
談
一浅草観音堂無恙、雷神門之雷風神崩レ、取片付有之由、塔
も無恙、只屋上之九輪よぢれ居候由
一谷中感応寺之塔恙なし
一浅草観音之鶏雷鳴三夜ニ及、大ニ怪ミ居候処、三日目大地
震是ハ実之咄
一川越白子之狐付之一条怪談略之
一当九日九時より八時迄之間不宜候旨町触有之候処、小地震
ニ而其夜も相済申候
一御隣様ニ而ハ御家中江間口壱軒江壱分弐朱ツゝ長年賦被仰
付、目白様ニは五分一拝借被仰付候、其外御家中江食物御
手当感心いたし候、定而諸侯方之内ニは下ヲ御憐有之君も
多く可有之候、仁政届候、大名衆抔承候得共何レニも事多
故認兼申候
一今日迄昼夜両三度位ツゝ少々ツゝ震申候、右風説万分一ヲ
申述候 早々 以上
十月六日
前同断壱通
先以去ル二日大地震之処、貴境ニは先々格別之御儀不被為在
御別条無御座、御起居之段欣然奉恐寿付候、於当地ニは御承
知之通、中古稀成大地震絶言語候次第誠ニ天威恐怖仕候、乍
然御城并御屋敷ハ諸方ゟ少々軽キ方ニ而、上々様御機嫌克、
御殿中御長屋向御別条無御座奉恐悦候、御屋敷ニ而は御殿中
は壁落、鴨居等少々放レ、御座敷向少々曲り、柱等少々緩ミ、
御土蔵ハ惣御破損、御囲塀少々倒レ、其外小使部屋・下々雪
隠長屋倒レ掛り、御座敷向雨ひさし等落、細々敷処、御屋作
り曲り御破損ハ夥敷候へ共、稽古場壱棟潰レ候而已ニ而、御
修復ニ而御用ニ相成、怪我人壱人も無之、誠ニ当御屋敷之様
成処ハ無之と他人参申候位之次第、御物入は莫大之事ニ候得
共、誠以世間之有様見聞候得は、此上之恐悦有之間敷奉存候、
此度之地震ハ都而高台之処ハ軽キ方之様ニ相見候、昨日御祈
禱之御神楽有之候、就而ハ貴境ハ定而津浪等ニ而可有之と一
同案事罷在候処、松戸ゟ先は軽ク御別条無之段欣然仕候、扨二
日地震之節ハ小子泊り番之処、御折能ク若殿様ニは殿様御居
間江被為入候、御留主之事ニ而最初夫レ地震と申、早速脇指追
取御迎ニ可相出と存、御番所這入口迄出掛候処、其節之烈敷
事前後江足ヲ出ス事不能、天地鳴動致し、頭ニは諸方之壁当
り、天井はつれ掛り既ニ一命覚悟極メとや、頭ヲ打るゝかと待
居候処、漸心付、是ニ而は兎而も出候事不叶と存、夫ゟまご
〳〵致し、瀬戸ヲはつし御庭江飛下リ候処、又候強く鳴動漸
立居候事ニ而、再度往生と存候処、良静り上々も御機嫌能被
為入、御庭江御立退、御松原江被為在候処、四方八面出火、
江戸中不残火ニ相成候事と存、火口ハ拾八ケ所ニ而、猛火焦
天是そ火ノ池地獄ニやらんと存候位、地震ニ而馳出否四方之
出火誠ニ恐敷事ニ御座候、夫より御庭江御野陣ニ相成、私共
も御同様夫より追々御陣小屋御出来ニ而、未地震不止事故、
御近習向不残昼夜詰切同様ニ而、少しも寝食ヲ安し候暇無之、
漸昨日より昼之内非番取レ、地震已来一晩も未宅江は寝不申、
御陣小屋御殿両方之御番不寝之代り合ニ而、甚繁多御座候
一地震強処ハ中ニも本所深川辺、潰家夥敷、其上出火、浅草
辺吉原同断、吉原土手弐尺七八寸地割レ壱丁計、其外三四
寸位地割壱町計、丸之内潰家同断、芝辺同断、諸大名ニは
中ニも鍋島侯潰丸焼、三十五万石之屋敷も両三日之間士壱
人も不在、中間而已、南部殿同断、旦那未分、柳沢惣潰レ
候処、火事ニ而見殺し未夜中男女発声候と申事ニ御座候、弐
百七拾人死亡之旨松平紀伊守殿潰家火事大凡死ス、松平肥
後守殿□（カスレ）御老中家敷不残火事潰等、下□（馬カ）酒井潰レ
出火、人死大凡、堀田屋敷無事之人両人切、旦那ハ頭ヲ被
打一本指ニ而登城、大手ニ而家来刀ヲ持参間ニ合ス、血だ
らけニ而一番之登城之由、首尾宜敷大評判ニ而、御大老と
申評判之処、昨日加判之列上座御勝手掛被仰付候、飛坂下小
笠原屋敷惣潰レ、旦那・奥方・御子息未分と申事ニ而、一番
是ハ憐之事ニ御座候、其外御大名方未見抔と申事夥敷有之
候、小石川御屋形向七分之潰レ、御長屋半分潰レ、惣御囲
不残崩レ、百四拾人怪我、戸田・藤田之両士被打砕候、小
石川は実ニ恐入候事ニ御座候、法伝寺潰レ、其外改之辺潰
家、洛中潰家類焼、怪我人目も当られす、潰崩難尽筆紙、
翌日死人山ヲ成し、毎日人ヲ掘出し、こし屋之見セも死人ヲ
積早桶誂間ニ不合酒樽江入、酒樽間ニ不合、素麵箱、夫ゟ
炭俵江入、又ハ死人ヲ繩ヲ結付、棒ニ而かつき、浅草辺芝
辺老若貴賤之差別なく、半死之者ハ釣台ニ交肴（入欠カ）同様かつき
行、誠ニ修羅道之責如斯歟、夫より死人ヲ車ニ而三車四車
曳歩行、実ニ評判より大造成事ニ而、目前之事故見る人不
消胆なし、漸死人掘出し止ミ候様子ニ御座候、回向院之寺
内江死骸ヲ投込壱万五千人、此間之書上死人七万八千人、
都而八（ハカ）十万八千人ゟ多クと申事ニ御座候、実ニ可恐ニて、
家内之者壱人も助り候は能キ分ニ御座候、上野・芝并浅草
観音堂等ハ別条無之よし、塘伽藍回り之潰レ候処江火事故
土蔵助り候処一ツも無之、誠々ニて何共紙上ニ難尽事ニ御
座候、此上如何成事出来半哉難計、諸大名潰候而困勝手御
暇願次第在所江罷越候様被仰出、当年一はいハ月並出仕御
免被仰出候、浅草雷神門前・幸橋御門外・深川三ケ所御救
小屋建被下置候、未時々震不止、何方も小屋掛ニ而用心、
内ニ寝候者壱人も無之、皆々恐レ罷在候、色々申上度候得
共筆紙ニ難述
一下町ニ而草履壱足百廿四文、廿四文之蠟燭壱挺六十四文、
酒壱升弐朱、其外追々直上ケ可相成候得共、米相場抔は中
中上ケ下ケ之処江参り不申、先々当御領別条無之、恐悦之
事ニ御座候
一会津侯之御持二ノ御台場御焰硝蔵江火入是ハ虚説ナルヘシ、守之人数究竟之
勇士千人為地震ニ腹十文字ニ切候旨、迚も不叶事と覚悟致、
右様之訳と申事ニ御座候、誠ニ可歎事、天晴之英雄御主君
ニも如何と推察申候、其上御上屋敷之怪我人夥敷事、肥後
殿は一番ニ可憐事と申説ニ御座候
此壱通江戸大塚御屋敷ゟ懇意之者江来状之写成、日附も
無之、地震後混雑中之書面と相見、前後連続せさる所々
多しといへ共、実ニ当時之形勢ヲ見るニ足れり、後来之
亀鑑ニ写留る所也 淑明
安政二年十一月廿日夜燈下ニ書ス
江戸御屋敷押役菅谷安衛門ゟ来状之内
去月二日夜之大地震之処、御地ハ左程之義ニも無御座候趣恐
悦御儀奉存候、此表咄よりも広太之義ニ而、中ニも新吉原并
御曲輪内・小石川・小川町辺は別而甚敷、御本家様抔ニ而も
死人六拾人計ト申候得共、全ハ百九拾弐人計も有之儀ニ御座
候、御大名様方之内ニも松平肥後守様抔は西御丸下二タ屋敷
共不残潰れ焼失、芝海手御屋敷も大半潰レ申候、其外松平時
之助様御屋敷ニ而ハ死人百九人、馬拾九疋死候由、同夜所々
より出火之内、小石川すハ町ゟ出火之義は御本家様三町内ニ
相成候ニ付、御人数被為進候ニ付、私義も出役仕候処、御目
付様・御徒目付衆被申聞候ニは、出火之義最早下り火殊ニ風
弱ニも相成、御防ニ不及候得共、御長屋数軒崩、御家来数多
埋居候得共、不手廻如何共ほり出し兼候間、何分右之方江相
廻りほり出し人助ケ呉候様御頼ニ付、早速右之方江御人数指
向ケ取掛ほり出し候人拾三人内、存命之者四人、残り九人ハ
死し居候仕合、其内夜も明ケ候処、余は御人数ニ而ほり出し
候ニ付、御人数引取申候、誠ニ以苦々敷事共ニ御座候、右地
震ニ付公辺ゟ御触ニ而御屋敷内外昼夜之廻り、旁ニ付御見舞
之義も甚タ延引恐入奉存候、此表ハ去月中頃ゟ地震風と申強
キ風邪流行ニ御座候、右は全く不順成時候故之義ニも可有之、
御用心可被遊候、別冊焼失場所付有増之処御座候間、奉御覧
候、先は此段申上度如斯御座候 以上
十一月十四日
（注、「史料」第四巻六〇三頁下三行以下の瓦版と同文あり、その最後の方、六〇七頁下三行目、「佐賀町代地等焼る」以下に次の文が続く）
右は実正に見分致し外ニ死人怪我人等のしれかたき数を凡
に顕したり作りものにハあらさるなり
武家方土蔵 十二万千三百八十戸前
町方 土蔵 二十八万四千六百二十一戸前
寺方 土蔵 五千三百二十戸前
〆四拾一万千三百二十一戸前
街道筋近郷ハ先東海道ハ程が谷限神奈川所々崩本牧金沢鎌
倉江之嶋浦賀辺迄中山道上州高崎限り此街道地ハれ吹出す
所あり蕨大宮之間さハりなし甲州道ハ八王子限り日光道宇
都宮限り崩ハ草加辺迄水戸街道ハ土浦限り下総筋ハ逆井近
辺地震つよく行徳船はし辺同しく葛西領二合半崩所々なり
又松戸市川柴又辺も崩多し
此節所々風聞之趣
一小石川御家老戸田忠太夫・御側御用人藤田誠之進両人共被
圧死、死骸長持ニ入、両人一同水戸江下しニ相成候由
件の戸田・藤田共前中納言様御♠臣、両人共才力有り、
就中藤田ハ故幽谷先生之男ニ而、学術あり、先様御退隠
之砌、両人共慎隠居被仰付たく共、其後異国船一件之砌
ゟ再勤被 仰付、専ら夷狄防禦之事ニ憂労せし人々なり
しか、一時ニ如此成行し事可憐
一小石川御屋敷圧死人百人余、又ハ弐百人余抔風聞なりしか、
此節或役家ゟ之書面ニ死人大凡四拾七人程ト申来候、此説
実説也、然れ共武家ニ而ハケ様之節ハ表立かたき死人も有
之へし、又ハ内実圧死なれとも表向病死之振ニ申成したる
も有へけれハ、何レこの上も有へき也、御殿ハ極大破、御長
屋ハ （ママ）之由申来りたる、是も実説也（朱書）小石川御屋敷四十三人ハ全表向之高者計之調なるへし、実ハ百九拾弐人ト聞ユ
一水戸街道千住ハ大崩れ、新宿・松戸も同様也、新宿の旅籠
屋中川屋・藤屋共倒れ圧死人も有之由、小金ゟ此方ハ左程
ニ無之、地震一両日中ハ人馬継立も絶へ、食事売る所も無
之、旅人共及難渋之由、松川仙衛門其節成田不動門前ニ止
宿之所、境内石燈籠・銅燈籠崩れ落欠損し、且佐倉城下も
大破、此辺死人怪我人も有之候由
一本所津軽殿息女方侍女弐三人ニ手ヲ被引、足袋計にてさま
よひ出られ、子息方も侍弐三人召連所々逃歩行かれたるか、
暁方ニ及ひ追々供人等欠付候由、其外諸家方御当主・御内
室共内実圧死又ハ怪我抔も有之由、御籏本方ハ猶以右之類
多く有之候由
一下谷辺ハ死人之焼けル匂ひ甚敷、又ハ死人ヲ車ニ積曳出す
もあり、時々ニ死骸夥敷持送りたるか埋所も無之、もてあ
まし、門ヲ〆たるも有之由、小塚原ニは死馬ヲ山の如く積
上置たる由、小石川御屋敷ニ而ハ家内十三人壱人も不残圧
死せられたるも有り、乳呑子を抱なから打殺されたるも有
之、前代未聞之変事
一笠間城主牧野越中守殿比々谷屋敷住居向并長屋共大半崩れ
天井押破逃出候者数多有後ニ聞及所圧死人都合老若男女廿五人也、内日高某家内四五人不残死ス、是実説也之、乍然圧死人等無之由
一安藤長門守殿大地震後小勢ニ而直様登城、夫より紅葉山御
霊屋・芝御霊屋等見廻り、帰邸之上御家中安否相尋順達被
致候由
一右地震之節行方郡金上村庄屋小林三郎兵衛出府、道中利根
川内石納村滞泊中川之水夥敷鳴騒候得共、為指事も無之、
翌日安食河岸ニ着候得者、此節潰家破損夥敷、布川村之辺
も同様死人手負も余程有之由、江戸江着候得は町中不残住
還端ニ小屋ヲ掛、止宿致居候由
一十一月十五日家内之者共笠間江行、同十九日帰ル、笠間侯
江戸比々谷之邸大破、御当主も潰タル住居之下ニ相成候ヲ
屋根破漸引出し、御内室ハ怪我あり、侍女抔ニは圧死も有
之、其外諸家中ニも死亡・怪我人前ニ有之圧死人無之ト云ハ諸侯方モ准全表向ノ申立ト見タリ、外之へキ也有之由、江戸詰之内都合拾壱軒長屋無之国許江
被下候由申聞候
一十一月廿八日山本徳寿来り物語之趣、海老沢村川崎六郎と
云者、去月二日地震之節藤田誠之進出入之者ニ而所用有之
相越候処、退出遅く夕方ニ相下り候ニ付、致面談候処、誠
之進申ニ酒一盃給申へくこと也、折から六郎如何いたし候
哉、其夕酒ヲ不好、強而一陶之酒ヲ尽し御免ヲ蒙るへしと
て一ト間ニ入御休、跡ニ而誠之進ハ独ニ而又一陶ヲあたゝ
め既ニ半ヲ飲尽したらんと思ふ頃俄ニ大地震起りたるニ
寄、誠之進母子一同ニ逃出たるか、老母ハ心付キ火之元覚
束なし摺[鉢|ハチ]ニ而も載セ申へしとて内ニ立入たるヲ、火之元
所ニあらす、す早く逃給へとて外ニ押し出したる時、俄ニ
家倒れ、老母ハ助りたれとも誠之進ハ軒下ニ而圧死せられ
たり、六郎之ふしたる一間之方ハこば葺之家なりし、是も
一同ニ倒たるヲ、一刀ヲ抜屋根ヲ切抜逃出し、四方ヲ見れ
ば夜中なれ共、天気清く晴渡り寂寥として物音なし、やゝ
暫して泣く声叫ふ声俄ニ起り、山も崩るゝ計ニ而、何とも
たとふへき方なし、夫より誠之進ヲ尋たれハ既ニ舌ヲ喰切
り息絶たり、夫より彼是取まかなひ帰村したりと物語し由、
是尤徳寿か直ニ聞し処ニして実説也、誠ニ憐むへき事也
嘉永卯十一月廿九日燈下ニ記
十一月廿日附江戸御屋敷より来状之内此節之死亡人左
之通、但実否ハ不詳とあり
一天台宗 弐万千五百余人 一浄土宗 三万五千七百余人
一古義真言 一万九千五百余人一新義同 一万七千六百余人
一臨済宗 一万九千五百余人一曹洞宗 七千六百余人
一黄檗宗 七千五百余人 一日蓮宗 九千七百余人
一勝劣派 五千七百余人 一西本願寺三万三千九百余人
一東本願寺 三万七千八百余人 一時宗 三千七百余人
〆廿壱万九千九百余人諸宗触頭等ニ而調候所ト相見候
（朱書）
此圧死人員数も可疑、世上一円之説ハ拾弐万人余ト云、又一説ニ拾弐
万之三ケ一位なるへしとも云、追而可記也
一屋敷潰焼共 二万四千三百六拾二軒
一町数 二万三千七百八十七町 一寺院 壱万六千三百五十
二ケ寺
御救小屋
上野宮様ゟ
深川八幡境内 下谷山下明地 同所山下幸橋御門外
浅草雷神門前 深川海辺新田
卯十一月廿九日筆記
（頭注）
淑明案ルニ、下ニ出ス所死人ノ大数実否不詳ト云へトモ、其大数ヲ見
ルニ足レリ、但此外ニ諸大名諸御籏本等病死之体ニ仕ナシタル、又ハ
諸侯ノ貴臣抔モ是ニ准シタルベシ、又乞食非人無籍ノモノ江戸近在抔
ノ圧死人等何ホトト云事ヲ不知、実ニ開闢以来ノ大変事也
卯十二月晦日行方郡於下村庄屋大橋利平次咄
一大地震之節麻生侯新庄亀次郎殿、江戸浜町屋敷惣崩れ、十
七才之息女壱人・侍女四人圧死之由、右息女ハ養子当亀次
郎殿内室ニ取極置候由、右屋敷最寄菅沼新八郎殿当主御子
息共即死之由、尤実説之由也
一此節之地震実ニ開闢以来之大変災ニ而、江戸市中之焼亡圧
死・焼死前ニ記する如く、武家町家共ニ一旦寥々たりしか、
暮より翌年之春ニ至る諸普請夥敷、諸国之工匠入込、侯家
大商之金銭市中ニ散する事幾百万と云数ヲしらす、且吉原
之五町まち焼死・圧死尤多く、と而も此上元之如く立帰る
事覚束なし抔人々申あへしか、娼家共所々ニ仮宅ヲ構へ、
件之工商共入込て其繁栄他日ニ倍せり、吉凶禍福実ニ糾（繩カ）索
之如く、人世之変替人智の計りしるへき所にあらす、後年
の為に記し置
安政二年（ママ）四月二日 淑明記
一或小石川御役家之者物語ニ、右地震之前俄ニ諸方明るく相
成候ニ付、出火ニ被成と存候所、左ニもあらす、間もなく
大地震ゆり出したり、追而是ヲ尋るニ、浦賀辺之漁師共此
夜漁るニ船ニ而乗出し、三里程も行たらんと思ふ頃、大成
妖火飛行せり、其さま譬るニ物なし、漁師共驚キ家ニ帰ら
んとして、凡壱里半程乗返したらんと思ふ時、件之地震ゆ
り出したるか、水上ニ而ハ左迄之事共不覚、家ニ帰りたれ
ハ家居不残崩れ、家内之者共もちり〳〵ニ成、行方知れさ
りしと云、又或説ニ地震ニ先立雲際俄ニ光ヲ発し、電光之激
する如くなりしと云、又音羽町辺之産姿産家ニ行途中、件之
妖火飛行するヲ見て、悶絶せしと云り、かゝる大変事ある時
は是如キ事もある事ニや、此一説随聞安政四年正月筆記ス
一或人之筆記ニ、茲ニ乙卯の十月初の二日夜二更の後に及て、
中天忽ち光輝を発し、閃爍、（ママ燦カ）として恰も電光の雲端に奔起す
るかことく成しか、速に大地震動する事僅二三呼吸の隙二
三十里の間ニ達す云云と見たり、彼是併セ考るに、此夜地
震に先立て中天光ヲ発したる事実説也、然れとも四ツ過の
事なれハ、見たる者少く、且地震の騒に紛れて物語する者
も無りし也、前の浦賀の漁人共の説にハ其形伺共たとふへ
き物なしといふ、如何なる妖火なりけん猶目撃したる者ニ
尋問て記すへき也
一又前の筆記に此節の死亡人殆と十二万人に及へりと聞けと
も、予案する所ハ十余万人の半にも及ふまし、三分の一な
らんかと思ハる、実に十余万人の死亡あらハ、地震後物価
の高値ニなる事ハ有ましき也と云云、この説によれハ、先
に筆記せる十九万余人といへる諸寺院の調ハ全く虚説なり
や、追而其実を得て筆記すへき也、但此節之圧死人諸大名
衆之中或ハ庶子・息女抔圧死セられたるも不少、御籏本抔
ニも多く有れとも、何レも表向病死之体ニ申成し、又ハ平
人も先ハ隠し勝なれとも、五六人之家内之中壱弐人残たる
抔予か知りたるも不少事なれハ、圧死人の多き事ハ夥かる
へけれとも、いかにしても其員数ハ知れかたし、乍然江戸
中三四万人にハ減へからさる也